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魔王の娘  作者: 秋草
第2章 過日超克のディクアグラム
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VS『影の勇者』③

 眼下に広がるのは火の手が上がる崩れた街並み。太陽の光を閉ざす重い雲のせいか、描かれる景色は陰鬱で惨憺。悲劇的にも見える様子が瞳に映る。

 本来ならば街で暴れている魔獣の元へ赴いて、鎮圧させなければならないが、そうも言っていられない。

 度重なる衝撃により、城の方が保たなくなっていたらしい。ボロボロになっていた床は崩落を始め、瓦礫を下界へと落としていく。

 そして、床のなくなったその場所で、変わらず立ち尽くす紅蓮の少女は、ただ正面を見据えた。


「グラフィアケーン兄上はアルケーノ兄上の相手を頼む」

「わかった。愚妹はどうするつもりだ?」


 宙に浮いたまま、互いに目の前で浮遊する敵を見つめながら会話を交わす。剣呑な雰囲気な中、雨がその空間を埋め尽くしていく。


「余は『影の勇者』と、それからルカビリー姉上とスカルミリオン兄上。三人を相手にしよう」

「……うむ、わかった。――シリウスよ」


 隣に佇む、グラフィアケーンが僅かに声色を変えた。隣に立つだけで、まるで巨木の根本にいるかのような安心感を抱く存在。彼を見上げると、優し気な瞳が、こちらを見つめていた。


「必ず、生き残るんだ」

「……ああ、わかっておる」


 シリウスのその返答を聴いたと同時、突風が紅蓮の長髪を揺らした。その巨体は、対面に立つ偉丈夫、アルケーノの元へと移動しており、剣撃の重い音が打ち鳴らされる。


「よお、グラフィアケーン! まさか俺に熱い抱擁をしてくれるとはなあ、嬉しいぜえ! 何より、息災そうで何よりだ!」

「兄よ。久しぶりに手合わせ願いたい」

「無論だ! 愚弟よ!」


 飛び込んだ彼の爪を、その剣で受け止めながら嬉しそうに口角を上げるアルケーノ。グラフィアケーンは力を込めて、剣もろともアルケーノの体を弾き飛ばした。不快な金属音が鳴り響く。そして、彼もまた同じ方角へ体を向かわせていった。


「――さて、これで少し状況を整理しやすくなったか」


 遥か遠くで剣と爪を振るう兄たちの姿から視線を外し、改めて目前の障壁に狙いを定める。


 明るすぎるほどにピンク色の髪を左右で束ねた、嬉しそうにしている女性。星型やハート模様のメイクが特徴的な魔王の子、第三子、ルカビリー。

 シリウスと同じほどの背丈をした、橙色の髪を持つ少年。掛けた片眼鏡のその奥には、凍てつくような冷めた双眸が浮かび、そこには深い愛情が見て取れる。魔王の子、第一子、スカルミリオン。

 その最奥には剣を持ち、束ねられた淡い桃色の髪を風に揺らしながらこちらを睨む、仇敵。この国の現国王であり、魔王を討った勇者軍の一人、『影の勇者』イデルガ。

 彼の元まで辿り着くには、二人の兄姉の隙を突かなければならない。


「整理も何もないだろう。ゼラネジィ、キミの躍進もここまでだよ」


 イデルガはしかし、その瞳をさらに細めた。次の彼女の一手を見極めようという意志を感じられる。

 力の差は歴然、という余裕を持ちながらイデルガの中では、まだ油断できない相手と評されているようだ。


「……たしかに。お主の言う通りかもしれぬ。ルカビリー姉上にスカルミリオン兄上。二人がいる以上、こちらもただではすまぬだろう」


 それは本心から来る言葉だ。彼、彼女を倒すには、一筋縄ではいかない。どれだけ修行を積み、師匠に魔術を学び会得したところで、負ける確率の方が高い。


「それに、余は二人を傷つけるつもりはない」

「……諦めるということかい?」

「いや――」


 どれだけ目の前の壁が厚かろうと、どれほど勇者との距離が遠かろうと、その選択肢だけは存在しない。

 シリウスは息を深く吐き出して、天を仰いだ。


「『――世界の鍵、』」


 瞬間、周囲の空気が変わる。そして同時、彼女の背中に紫色の紋様が浮かんだ。星型のように五つの頂点を持つ幾何学模様を組み合わせたそれ。

 展開された直後に場を満たされるのは不快な虚脱感。そして、真っ暗なほど底知れない怖れ。


「……あれは――」


 イデルガは彼女の背後に浮かぶ紋様の正体を知らない。ただ、わかってしまったのだろう。それが、異常なほどに歪で、けれども格式の高い魔術の発動だということに。


「『――死灰の檻、』」


 絶えず、シリウスの声は響く。それほど大きく叫んでいるはずはなかったが、それでもその空間には、少女の冷淡な声音が鳴り渡っていた。


「あれは最高位の封印魔術、その詠唱だ。なるほど、戦闘を介さずに僕たちを無力化するという選択において、実に合理的な判断と言えるね。さすがは僕の愛する自慢の妹だ」

「……言っている場合かい? このままだとキミも封印されるわけだけど、それでいいのかい?」

「全くもって問題ないな。元より存在しない命が今こうして喋っているだけだからね。この世から消えるのが条理というものじゃないか」

「見た目の割に、随分と達観しているね。……でも、残念だけど僕はそれには同意できない」


 雨の中、イデルガの声が静かに告げる。確実に、彼女の狙いを阻止するために。


「スカルミリオン、キミはゼラネジィの詠唱の妨害。ルカビリー、キミはここに残って僕の守護だ」

「え~、ルカもシーちゃんと一緒に遊びたいのにな~」


 上がる不平の声に眉を顰めるものの、スカルミリオンがそれに対して鼻を鳴らして自慢げに語る。


「羨ましいだろう。これも、シリウスに対する僕の愛が実った結果だろうね」

「はいはい。ミリ兄ぃが相変わらずで何よりだよ~」

「ふふ、どの道、今の僕たちは命令には逆らえないからね。与えられた役割を全うしようじゃないか」

「はあ……、りょ~かい」


 渋々といった具合ではあるものの、ルカビリーも納得した様子だ。それをあどけない笑顔で見届けたスカルミリオンは、気がつけばシリウスの傍にその姿を移していた。


「やあ、シリウス」


 気さくで優しい声。まるで日常の中にいるかのように、彼はいつも通りに彼女の名を呼ぶ。

 正面に立つ、彼の瞳を見返しながらシリウスもまた、いつもよりも柔和な声で応えた。


「兄上とまたこうして話せるとは、夢にも思わなかったな」

「それは僕も同じだよ。……って、詠唱中に喋ってもいいのか? 別の言葉が混ざると、それだけで失敗するはずだけど」

「構わぬ。詠唱を唄っておるのは、余であって余ではないからな」


 シリウスがそう言うと、僅かに彼女の姿が揺らぎ、ぼやけた。まるで、彼女が二人いるかのように映る。しかし、それがすぐに錯覚ではないことを理解する。

 瞬き一つの間に、シリウスと瓜二つの紅蓮の少女が、彼女の隣に佇んでいた。


「これは、分身か」

「余の特異星(ディオプトラ)の一つ、《心断分離(ラガニア)》だ。余の代わりに、詠唱を唱えてくれておる」


 そうシリウスが頭を撫でると紅蓮の少女は虚ろな瞳で口を開く。


「『――未完の書は完全を呼び、』」


 冷たい音が流れて揺蕩う。一言紡がれるその度に、場を支配する圧迫感が増していく。


「『――無疵の魂は繰言を叫ぶ、』」


 その言葉が終わると同時、シリウスの背後に描かれる星形の頂点の内一つに、紫炎が宿った。


「なるほどな。良い特異星(ディオプトラ)だ。何より、シリウスが増えることそのものが最高だね」


 笑みを湛え、心底に嬉しそうな感情を隠しもしないスカルミリオン。そしてそのまま、彼はその右手人差し指をシリウスに向ける。


「詠唱を気にしなくてもいい、ということは全力で僕の相手をできるってことだよね」


 そうして彼は冷たくも慈悲深い声で一言、囁くように言い放つ。


「――死は確実であり、(モルス・ケルタ=)時は不誠実である(ホウラ・メレファイド)


 病的なほどに細く、頼りないその指から溢れ出すは白い魔力。彼の言葉を聞き入れたそれが閃光を放つと、轟音を伴う白炎の爆発が周囲一帯を塗り染めた。


お読みいただきありがとうございました!


「面白い!」「続き読みたい!」など思った方は、ぜひブックマーク、下の評価を5つ星よろしくお願いします!


していただいたら作者のモチベーションも上がりますので、更新が早くなるかもしれません!


ぜひよろしくお願いします!

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