表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔王の娘  作者: 秋草
第2章 過日超克のディクアグラム
138/263

ミラ=アステイル

 嫌な夢を見る。


 故郷が滅ぼされる夢だ。よく世話になっていた隣人は、四肢をバラバラにされた後、燃やされた。

 いつも一緒に遊んでいた友人は、首を斬られて並べられた。

 大切な弟妹は、泣き叫ぶ声と共に塵芥となり果てた。

 生みの親は、それを見て笑っていて、最後には故郷の襲撃者に咀嚼され、胃袋の中に収まった。

 そんな中、自分は生き延びた、助けられてしまった。


 それが眠る度に見る、最悪な記憶。映し出される光景を、ただ眺めることしかできない。

 その度に、全身に嫌な汗が流れる。吐き気を催すほどに気分が害されるし、怖気に苛まれてしまう。


 だがそれ以上に、苛立ちや憎しみが胸を満たす。何故故郷が滅ぼされないといけないのか。何故彼ら彼女らは死ななければならなかったのか。何故自分だけが生き残ったのか。

 自問を繰り返し、答えは出ない。結局曖昧なまま、ミラ=アステイルは前へと進み続けていた。


「あれれ、勇者が押されてるね」「あらら、さすがはわたしたちの妹だね」


 雨の中、宙に浮かぶ二人の少女が、少し先にある城を眺めながらそう言った。見れば確かに、この街を象徴する王の住む城が、崩れていっている。

 しかし、今はそちらに構っている場合ではない。

 緊張感の欠片もない、寧ろ誇らしげにすら語る彼女たちへと剣を向ける。


「いつまでも逃げていないで、まともに戦ったらどうだ?」


 先ほどから、ミラの攻撃に対してのらりくらりと反撃するでもなく躱し続ける双子に、醒めた口調でそう告げる。

 相変わらず彼女二人からは重苦しい重圧が放たれていて、この場を支配している。しかし、それに反して、好戦的な姿勢が見られないことに疑念を抱く。

 ミラの問いに、彼女たちは地上を見下ろしながら首を傾げた。


「だってお姉さん、本気出してないよね」「そのセリフ、そっくりそのまま返してあげる」


 何が楽しいのか、口元に笑みを浮かべてはその場で回る。


「……女こども相手に、本気で戦うほど落ちぶれているつもりはない」

「そうなの?」「そうなんだ?」


 リビと名乗った少女は眉を顰めて、リバと自称した少女が不敵に笑う。


「「変だね」」


 彼女たちはまるで遊んでいるようで、しかし警戒はまったく怠っていない。手に持つ剣を振るったところで、今より事態が進展することはないだろう。

 ミラは剣を向けたまま、その視線を鋭く飛ばした。


「何が言いたい?」

「見てる場所が違うからね」「わたしたちのこと、見てないでしょ?」


 そう言われて、思わず目を見開いてしまう。人型の魔獣と相対したことは二度ほどある。それもつい最近の出来事で、一度目は取り逃がしたが、二度目にはきちんと撃退できた。

 ただ、それ以降心に霧が立ち込めるようになってしまった。


 特に、竜の角を持つ黒髪の青年。彼のことを思い出す度に、己の想いに疑念が響く。

 それまで悪だと断じて倒してきた魔獣たち。彼らにも意思があり、心があるということを、先の戦闘で知らされた。


 故に迷っていたのだ。この双子を、ただ斬ってしまっていいものか。もっと友好的に話せるのではないか。

 まさか、それを気取られるとは思ってもみなかったが。


「……驚いたな。ただの子どもだと、侮っていた」

「なんなら私たち、子どもじゃないからね」「年齢は二人足すと丁度六百歳ぐらいかな?」


 だから、と。彼女たちは愉しそうに表情を緩める。リビとリバはお互いに手を繋いで、抱き合うようにその身を寄せた。


「「遊んであげるよ、お姉さん」」


 心底に純粋で、見違えようのない無垢な双眸。測りきれないほどの魔力の圧で一帯を満たす彼女たちに、ミラは僅かばかり気圧される。

 出し惜しみして勝てる相手ではない。そう思わせるように仕向けられていると、そう感じるものの、どの道彼女たちを退けなければ他の避難者たちの助けに向かえないだろう。


 溜息を一つ零す。

 本当は、彼女たちは倒すべき相手なのかどうか見極めたかったが、仕方がない。

 全身に魔力を籠めて、昇華させる。やがて彼女の背には光の紋様が浮かび、全身がほんのり輝きを放ち始めた。

 その姿は【天鎧(てんがい)】と呼ばれるミラの故郷に伝わる、特異星(ディオプトラ)だった。


「この姿では、加減はできないぞ?」

「全力で」「遊んであげる」


 瞬間、ミラの足元が爆ぜた。石畳が飛び散ったかと思えば、その姿はリバの目前へと迫っている。


「――天拳」


 風を生み出す一撃が、彼女に向けて放たれる。目にも留まらぬ早業。躱すことはおろか、防ぐことも叶わない、はずだった。


「「――風よ吹け」」


 しかし、確実にその体を捉えていたはずの一撃は、空を切った。ミラの拳や彼女自身が移動したわけではない。

 気付けば、リバの姿はその少し横合いに移動していた。


「躱した……? いや――」


 そんな隙はない。それにリバからは体を動かす所作も見られなかった。

 ということは――


「魔術か」


 一人呟くミラ。その背後から、少女の声が響く。


「正解だよ。不完全だけどね」


 鎌による振り下ろしをミラは躱そうとしなかった。彼女は常に魔術、霧消象る(ニネミーア)安寧の風避け(=ルスティカ)を発動している。魔術で起こした風による鎧で、多くの物理攻撃は無力化できる代物だ。

 だから、避ける必要などない、はずだった。


「――っ」

「あれ? 避けるんだ?」


 ミラは背後からの一撃をギリギリで躱す。間に合わなかったのか、右肩が裂けて鮮血が飛び散った。


「やはり、魔力による防御は効かないか」

「慢心しないのはいいことだね」「手の内がわからない内は油断しないようにね」


 何時の間にかリバが戻ってきていて、二人でミラを挟む形を取っている。そして同時に放たれる、鎌による挟み撃ち。魔力を籠めれば空中での移動も可能だが、そうするには一手遅い。

 だからミラは回避することを選ばない。防ぐことも選択しない。

 取った道は、ただ前へと進むことのみ。


「――天式」


 ミラの両側面に光の紋様が浮かび上がる。それに向かって彼女は、握りしめた拳を叩きつけた。


「「――っ!?」」


 瞬間、閃光が紋様から放出され、リビとリバ、双方の身を飲み込んだ。己の魔力と拳による一撃を光線へと変換する術。彼女二人と距離を取るための苦肉の策だったが、どうやら功を奏していたようだった。


「……痛いなあ」「熱いな~……」


 止んだ光線の中から、姿を現す双子。衣服はボロボロになっており、所々から血を流している。

 まだ息があることに驚きもしないし、それを見てもミラは油断はしない。どころか、さらに警戒心を高める。

 笑っているのだ。魔力による直撃を受けても、その身が傷ついても、彼女たちはいつもの調子を崩さない。


「……何故、笑っていられるんだ?」

「ふふ、楽しいからね」「玩具は悪戯(あそび)甲斐がないとね」


 クスクスと笑う姿は異常だ。自分の身を顧みず、ただ欲望に忠実に動いている。やはり魔獣は魔獣か、と。ミラが剣を構え直したところへ、リビがゆっくりと指を差す。

 ミラが背負う、光の紋様へと。


「それ、結構魔力消費するよね?」

「……だとしたら?」


 自ら手の内を明かすことはしない。はぐらかそうとするものの、リバも同様に指を差す。


「わかるんだあ。わたしたち、魔力の流れに敏感だから」

「……」


 確かに【天鎧(てんがい)】は不完全な魔力の塊だ。目に見えてはいないが、今も力は漏れ出てしまっている。

 もってあと数分といったところだろう。


「それまで私たちが逃げれば勝ち」「追いかけっこの始まりだね」

「待て――」


 ミラの制止を待たず、二人は別れて飛び去ってしまう。彼女たちが何をしでかすかは不明だが、放っておくわけにもいかない。

 弱点を看破され、最も嫌な戦法を取られてしまった。

 ミラは奥歯を噛み締めて、しかしすぐに宙を蹴った。


 嘆いている暇はない。後悔する時間も惜しい。

 これ以上、不幸に喘ぐ人を増やさないためにも、彼女はマントを翻して宙を駆ける。

お読みいただきありがとうございます!


「面白い!」「続き読みたい!」など思った方は、ぜひブックマーク、下の評価を5つ星よろしくお願いします!


していただいたら作者のモチベーションも上がりますので、更新が早くなるかもしれません!


ぜひよろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ