VS『メサティフ』団長、トゥワルフ②
「止まれ、シャーミア」
最早、音を音とすら判別できないほどに疲弊していた彼女の耳に、それでも届く冷たくも、どこか温かい声。
霞みがかった視界の中、そこに浮遊していたのは見慣れた小さな紅蓮の女の子。
「死にに行くつもりなら、余は全力でお主を止めねばならぬ」
トゥワルフとシャーミアの間に漂う彼女は、蒼い瞳を悲しみで埋めて、こちらを覗き込む。
罪を咎められている気がして、そうしている場合ではないのに、思わず目を逸らしてしまう。
「……ルシアンを治療していた方ですね。こちらに来てもいいのですか?」
「問題ない。あそこで寝ておる騎士らは、また太陽を拝めることだろう」
「……只者ではないとは思っていましたが、これほどの短時間であれらの治療まで――。いったい、何者ですか?」
そして、トゥワルフもまた予期せぬ乱入者に警戒の姿勢を見せる。剣を構えながら、人形のように小さな少女へと無感情な瞳を向けた。
「ああ、紹介をしていなかったな。余は魔王の娘、レ=ゼラネジィ=バアクシリウスのその分体だ。名は、ヌイという」
手短にそう言い放ったヌイは、くるりと振り返りその視線をトゥワルフへとぶつける。
「――余の大切な人間が、随分と世話になったようだな」
「……っ!?」
同時に、凍てつく雰囲気が周囲に帯びた。
重く、纏わりつくように振り払えないその見えない力が強く圧し掛かり、場を支配する。そして、それに弾かれたようにトゥワルフが構えた剣をヌイ目掛けて振るった。
しかし、やはりというべきか。
剣が目標に届くことはない。
ヌイが手を翳すと、剣は見えない壁に阻まれたように何かにぶつかって、甲高い音で鳴いた。
さらに瞬時に、浮遊する剣での攻撃も試みたようだったが、ヌイとシャーミアの体が突如闇に包まれたかと思うと、僅かその後方へと移動していた。
当然、軌道を走る剣による攻撃も空振りに終わる。
「シャーミア。お主の意見を聞こう」
「……何よ」
返す声も絶え絶えで、荒い息が混じったものになってしまう。それにヌイは悲しそうな表情を見せるものの、けれど続く言葉は力強いものだった。
「彼奴に勝つか。それとも逃げるか」
なんだ。そんなことか。
シャーミアは思考を巡らせるまでもなく、ほとんど反射的に口を動かしていた。
「勝ちたいに、決まってるでしょ。わかってるくせに」
「ああ、そうだな……」
ただ、口でどれほど強がったところで、トゥワルフとの力の差が埋まるわけもない。勝てない相手に吠えることほど醜いモノはない。そんなことは、わかっている。
それでも、心が許さない。
逃げることを。戦わないという、選択肢を選ぶことを。
ヌイは静かに瞳を閉じて、それから改めて瞬かせたそれには、多分に諦めと、そして高揚が含まれていた。
「すまぬな、無粋なことを聞いた。……なら、余はお主のやりたいことを最大限に尊重しよう。それが、本体の望みでもあるからな!」
ヌイが力強くそう言うと、後方に見えるこの国の城の一部が爆発した。瓦礫が落ちていくその最中、とある部屋に佇む紅蓮の少女の姿が、シャーミアの目に映る。戦っている相手は、恐らく勇者だろう。
「さて、こちらも準備が整った。ここからは、攻めに転じよう」
「準備?」
「ああ」
短く返した彼女が、小さな手を地面に向けると幾何学模様と共に黒い炎のような靄が浮かび上がる。
それは徐々に姿を成し、一つの人型を作り上げていく。
肩から足までを覆うようなマント。黒い髪は腰まで伸びていて、その肌は青紫に染まっている。
そして何より、特徴的な口元から見える長い牙。
シャーミアは、その姿を知っていた。
「――まさか妹君と共に戦線を張れるとは、思いも寄りませんでした」
「眠っておるところを起こして悪いな、チリアート兄上」
「滅相もございません。こうして体を動かせるだけでも、ワタクシとしては有り余る幸福なのですよ」
「そうか。なら、兄上。シャーミアに力を貸してやってくれぬか」
「当然」
ヌイの傍らに立つのは、長身の男。魔王の子、第八子であり、影を操る能力を持つ。
彼は愉しそうに口元を歪めて、シャーミアへと恭しく腰を折る。
「先日は愉しく、ワタクシと踊っていただきましたね。ワタクシ、チリアートと申します。いま一度お見知りおきを。……さて、本日の演目ですが――」
そうしてシャーミアを見るその瞳には輝きもなく、しかしどこか無邪気な少年のようにシンプルに映っていた。
「テンポの速い、円舞曲にしましょうか」
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