VS『メサティフ』団長、トゥワルフ
街に剣戟の音色が響き渡る。短剣から奏でられる軽い金属音が数度、鳴ったかと思えばシャーミアが白銀の髪を揺らしてトゥワルフと距離を取った。
「面倒くさい魔術ね……!!」
「それはお互い様かと。ここまで、私の攻撃を防いだ人間はいません」
言っている間にも、シャーミアの体を魔力の奔流が襲う。熱を帯びたような感覚、その方角に短剣を振るい、またも聞き慣れた剣撃が耳を打つ。それがさらに三度。シャーミアは続く見えない攻撃を躱しながら、避けきれないモノに関しては《カゲヌイ》で防御していく。
初めこそ戸惑い、防ぐのに手間取ってしまったが今では完全に彼の攻撃を捌けていた。
「魔力の後に、飛んでくる斬撃。あたし、魔術には詳しくないんだけど、なんとなくアンタの魔術がどういうものなのかわかったわ」
「……」
「アンタは剣そのものを操作してる。それも超高速、目にも止まらない速さで。でも、早すぎて制御しきれないから、予め引いた魔力の上を通るようにして動かしてるって感じよね? ……違う?」
謎の斬撃の前には必ず魔力を感じ取れる。そして正確に、その魔力が触れた位置に攻撃が届く。
確証はなかったが、これまでの状況から推察するとその可能性が高そうだった。
そして、それを裏付けるようにトゥワルフの周りに四本の剣が漂い始める。
「ご明察の通りです。これを看破できた人間もまたいません。ほとんどが、何をされたのかもわからないままに切り伏せられていきますから」
「当たり前でしょ……」
シャーミアも、鍛えられた魔力探知がなければ何度死んでいたかわからない。それに純粋な風を操る魔術よりも速く、鋭い。並大抵の人間だと受けきれないだろう。
自分がそちら側ではないと驕っているつもりもないが、凡人だからこそそのシンプルな攻撃をどうにか防げている。
「四本もあるのは、知らなかったけど。それ、見せても良かったの?」
「問題ありません。これが何本だろうと知ったところで、やることは変わりませんから」
そう告げると彼の周囲を漂っていた剣が視界から消える。シャーミアが短剣を構えるものの、しかし肌に刺さるような魔力は感じない。
「警戒は結構。ですが、そればかりだと目の前の脅威に対応できませんよ」
「――っ!?」
気がつけば、トゥワルフの体躯が眼前に迫っていた。彼の持つ剣がシャーミア目掛けて振るわれ、咄嗟にそれを短剣で防ぐ。
ガギィン、と。重い音が響いたかと思えば、体は浮遊し自分が彼の膂力によって飛ばされているのだと自覚した。
「お、もっ――」
宙で身を捻り着地には成功したものの、依然としてトゥワルフからの攻撃が止むことはない。着地した彼女の元へ接近し、そのまま剣が振り下ろされる。
単純な振り下ろし。左右か後ろ、いずれかに逃げれば回避は可能だ。シャーミアもしゃがんだ状態で左へと跳躍してそれを躱そうとした。
しかし――
「つ――っ!?」
瞬時に首元に充てられた魔力の熱。《カゲヌイ》をその部分に出現させるのと、力強い衝撃に抉られたのはほとんど同時だった。
直撃は防いだものの空中で踏ん張ることもできず、シャーミアの体はさらに後方へと突き飛ばされてしまう。
(くっ――、誘導されてたってわけね……!!)
宙を走る剣の軌道を読ませないための策。シャーミア本体へとそれを向けるのではなく、剣の軌道上へと彼女の体を動かすことで、咄嗟の防御も間に合わなくさせるというものだろう。
事実、《カゲヌイ》がなければ即死だった。シャーミアは勢いのままに地面を転がるものの、受けたダメージは軽微なモノ。直撃よりはマシだ。
「また――!」
構える隙すらない。今度は四か所、それぞれ別の方向からの魔力の奔流を感じ取る。
防ぐ手が足りない。精々短剣で守れる場所は二か所。当然、守る場所は致命となる箇所に絞られるだろう。
無理やり身を捻ることで、どうにか二方向からの斬撃は躱せる。そして、残りの二方向は短剣と《カゲヌイ》で防げる。
手数が足りた、と。それでもシャーミアは思わない。
もう一手。彼女には防ぐ手段が必要だった。
「――ようやく、捉えました」
トゥワルフの吐いた言葉を浴びながら、彼女の視界はゆっくりとそれを映す。
背後と左手側からの斬撃はしっかりとガードできるものの、正面に立つ彼から流れる無駄のない斬り降ろしは、どう足掻いても防げない。
「――――――――!!」
そして、それは振り下ろされた。同時に、強い衝撃とともに、灼熱を伴う痛みが全身を巡り、のたうち回り駆けていく。
「っ――――――――」
鮮血が飛び、深紅の粘液が周囲に散乱した。雨により形成された水たまりに、自分の血が流れていく。
背中から倒れ込んだ。雨の音に混じって、自分の吐く息が荒く乱れていた。
触れる雫が冷たく流れる。静まりつつある鼓動が、やけにうるさく感じた。
熱い、寒い。
痛い、何も感じない。
全ての感覚が狂って、自分が今どういう状況に置かれているのか、それすらも理解できずに、命の終わる音が血と共に零れていく。
「……もう、終わりなはずですよ」
苦々しく、トゥワルフがそう呟いた。
気がつけば、自分は身を起こし、あろうことか弱弱しくも二本の脚で体を支え、立ち上がっている。
それほどの力も残っていないはずなのに。
痛みや血の流出で上手く体も動かせないはずなのに。
シャーミアは、それでもまだ立ち向かうことを選んでいた。
「そのまま、寝ていれば楽に死ねたはずですが」
「……どっちみち死ぬなら、一緒でしょ」
何故そこまで、と。そう問われても困る。こんなところで死ぬつもりもないし、自分にはやるべきことがある。
あるいはその目的が、彼女を突き動かしていたのかもしれなかった。
未だ精気の衰えない眼光で彼を見据え、震える手で短剣を構える。
そしてそのまま、トゥワルフの元へと駆け出した――
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