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魔王の娘  作者: 秋草
第2章 過日超克のディクアグラム
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ミスティージャ=スキラス⑦

「大丈夫か!? ミスティ王子!」

「ダクエル! 来てくれたのか!」


 大広場での混乱の中、白銀の魔獣を討伐しようと動く騎士たちに、ミスティージャは一人で抗戦していた。

 白銀の魔獣もぼうっとしているわけではない。騎士たちが振るう剣を拒み、尾で弾く。意思なき魔獣を守りながら戦うのは困難を極めたが、それでも現状魔獣が討ち取られずに済んでいるのは、魔獣が暴れてくれているおかげだった。

 ただ、やはり人数の差というのはそう覆ることもなく、剣を握る力が麻痺し始めてきた頃、そのやってきた援軍に思わず顔が綻んでしまう。


「ありがとな。……これで、人数差は埋まった」


 ダクエルの他にも、『ハウンド』の面々が駆けつけてくれている。騎士一人に対して一人、要因を割くことができる人数だ。

 さすがに分が悪いことを察したのか、騎士たちも先ほどまであった勢いを失って後退する。


「何を怯んでいる馬鹿どもめ!」


 そんな中、一人の男の声が偉そうに轟いた。苛立たしさを隠そうともしないその怒鳴り声に、騎士たちが焦ったように反応する。


「ラベレ様! しかし――」

「しかしも何もない! まったく、見ておれん!」


 守るように立っていた彼らを押し退けて、白衣姿の人間が眼前に立った。瞬間、ミスティージャの胸に黒い感情が沸き起こる。

 この街を滅茶苦茶にした原因の一人。

 街の人間たちを使って、魔獣の研究をする異端者。

 そして、家族を異形へと変えた、その仇。


「ラベレ……っ!!」

「いつまで経ってもこの元王子一人殺せんとは、使えん騎士たちだ。そうは思いませんかね、元王子殿!」

「黙れよ……! てめえに人を評価する資格なんてねえ!」

「はあ、やれやれ……。評価されてこその仕事でしょうに……。まあ、ガキにはわからん世界か」


 溜息を吐きながら、ラベレは胸ポケットから何かを取り出す。黒い球体のようなそれは、人の眼球ぐらいのサイズがあるように見える。


「それはなんだ?」

「ダクエル。お前は先ほど地下実験場で見ただろう。注射器具に入っていたあの薬品を丸薬として口径摂取できるようにした代物だ。効果は魔獣としての本能を呼び覚ます、と言ったところかの」

「まさか――」


 ダクエルの声に、ラベレはその笑みを深く刻む。ここにいる魔獣は一匹しかいない。事態を飲み込めていないミスティージャも、その意図に気がついた。


「スキラス! 口を開けろ!」


 ラベレがそれを放り投げる。いや、魔獣の口目掛けて投げ込んだと言った方が正しい。最早、朦朧としている白銀の魔獣の口内に、それが入り込んだ。


「ぐる――――っ!?」


 果たして。

 それまでぐったりとしていた白銀の魔獣の体が震えたかと思うと、その大翼を広げて唸りを上げた。


「グオオオオオオォォァァァァ――――――――ッッ!!!!」

「父様――」


 ミスティージャの声は、鞭のようにしなる尾の風切り音に掻き消される。次いで訪れる、破壊の轟音。

 尾を叩きつけられた建物が崩壊し、瓦礫が雨と共に降り注ぐ。


「グ、ゴオオオオオォォォォ…………ッッ」


 降り注ぐ瓦礫に、見向きもせずにミスティージャはただその咆哮を悔し気に見上げる。


「ミスティ王子! 何をしている!」


 ダクエルが剣でその雨を防いでくれるものの、それにも彼は目もくれない。

 ただ、白銀の魔獣を見つめ続け、視界を歪める。

 苦しそうだ。息も上がっている。

 わかっている。こんなことをしたくて、しているわけではないということを。

 在りし日の父と母、それに妹の姿が浮かんでは、この魔獣に重なってしまう。


「グルルルル…………っ!!」

「な――っ」


 さらにその全身をぶつけて建物を壊した白銀の魔獣は、そのまま大広場から逃げ出した。最早翼をはためかせる気力もないのだろう。四つの足をふらつかせながら、街を駆け下りていく。


「待ってくれ――」

「行かせんぞ」


 遠ざかる魔獣を追い掛けようとした矢先、ラベレが目の前に躍り出る。その手に持つのは、注射器具。

 武器をもたない彼の唯一抵抗できる手段なのかもしれなかった。


「そんな武器で、何を……」

「これが、本当のワシの最高傑作じゃ――」


 だがそれが、ミスティージャに向けられることはなかった。

 ラベレは手に持つそれを自らの首筋に立て、中身の液体を注入していく。


「ワシは、研究に研究を重ねてな……」


 注射器具が地面に落ちて、砕ける。

 彼の肉体は、注射された場所からその色を青黒く変えていき、瞳に宿る虹彩は白く沈む。


「そして、一つの答えに辿り着いたんじゃよ」


 変化は肉体の変色に留まらない。首、肩、腕から始まり、そしてその足先に至るまで膨張していく。


「これは……」

「ワシ自身が、最高の成果物になればいい! そうすれば、ワシの頭脳は認められるだろう!」


 その巨体はすでに、周囲に残る建物ほどの大きさに成長していた。瞳孔すらないその瞳がぎょろりと眼下へと向けられると、それはニタニタと不快な笑みを浮かべた。


「ああああ、なんと矮小なんだ! やはり人間は醜く下等だな! ――あの白銀の魔獣など最早どうだっていいが、ワシ自身の力を証明するために、お前らを潰してやるとしよう!」

「――っ!?」


 ラベレは異形と化した足を持ち上げると、勢いよくミスティージャ目掛けて振り下ろす。

 咄嗟に横に転がり回避するものの、巻き起こる破壊の足跡を見て、僅かに腰が引けてしまう。

 それを無理やり立ち上がらせたのは、ダクエルだった。


「行ってくれ、ミスティ王子」

「……いや、俺も残る。こんなやつを野放しにできない」

「駄目だ。王子には、他にやるべきことがあるはずだ」


 その言葉で気づかされる。

 そうだ、何のためにここに残った?

 あの魔獣を守るためだろ。

 いま家族を守れるのは、俺だけなんだから。


「――悪い。助かる」

「ああ、よろしく頼む」


 横目で見えた彼女の表情はどこか、笑っているような気がした。

 そのままミスティージャは振り返ることなく、白銀の魔獣の後を追い掛ける。街を下って行ったから、もしかすると避難して逃げた人たちに被害が出るかもしれない。さらに、その足に力が籠められる。


「行かせんと言ったはずだああ!!」

「――黙れ、化け物」


 ラベレの脇を抜けていこうとするミスティージャを、彼が見逃すはずもない。私欲に塗れた暴力がミスティージャに向けられたがそれは、ダクエルによって防がれた。


「むう――っ!?」

「この街はお前のおもちゃ箱じゃないんだ。子どもは子どもらしく、寝ていてもらおうか」


 振られた剣に引っ張られるように、ラベレの巨体がバランスを崩して倒れ込む。

 ミスティージャは彼女に感謝をしながら、大広場を後にした。

お読みいただきありがとうございました!


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していただいたら作者のモチベーションも上がりますので、更新が早くなるかもしれません!


ぜひよろしくお願いします!

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