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魔王の娘  作者: 秋草
第2章 過日超克のディクアグラム
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VS『影の勇者』②

 外気の侵入を許す風穴が無数に空いた、部屋とも呼べない玉座の間。雨が入り込み、風が混じるそこに満ちるのは闘志と静かな殺気。

 それを放つイデルガはしかし、その場から動くことはしない。当然、彼が持つ駒は複数ある。

 脇に控える三体の魔王の血縁。イデルガはそれらに命令を下す。


「命令だ。キミたちには、あそこにいる紅蓮の少女を殺してもらいたい」


 冷たく言い放たれるその言葉には、多分に突き刺さるような圧力を感じ取れる。勇者と魔王の娘。相対しているのだから当然だと言えば当然のことなのだが、それでもそこにあるのは純粋な殺気ではない。

 シリウスが彼の思惑を測りかねていると一つ、可愛らしい声が上がった。


「ルカたち、あんたに創られたから無視もできないんだけどさあ。もしかしてシーちゃんと戦えって言ってるの?」


 その場には到底そぐわない、明るく元気なソプラノの声音。声の主は表情豊かに、悲しそうな面持ちを作りながら、シリウスへと視線を向けた。


「シーちゃん! ひっさしぶり~! 元気そうでルカ嬉しいよ~!!」

「ルカビリー姉上……」


 先ほどの悲しそうな瞳はどこへやら。彼女はピョンピョンと飛び跳ねて、殊更に大きな声でシリウスに向かって手を振る。

 その度に彼女の左右に跳ねるくせ毛が揺れる光景は、在りし日の彼女たちとの日々を思い出してしまう。


 いつも、彼女はこうだった。誰とでも距離は近く、特に年下に対しては面倒見がいい。一挙手一投足、顔に施した星形やハート模様のメイクに至るまで太陽のように明るいルカビリーのその変わらない姿を見て、シリウスの胸に昔日の暖かさが去来する。


「……友好的に接しろと、命令した覚えはないよ」

「ふーん。知ったこっちゃないよ~だ」


 面食らった様子のイデルガに、ルカビリーが片方の目元に指をあて舌を出した。明らかに命令を聞く様子を見せない彼女の姿に、さらにその顔を険しくさせる。


「……もしかして、ファルファーレと同様、自らで僕の魔術による縛りを律したとでもいうのかな」

「そういうこったな!」


 独り言のつもりで呟いたのだろうが、それに同意する声が一つ傍らより響いた。巌のように丈夫な体躯をゆらりと動かし腕を組みながら、彼は勢いよく言葉を続ける。


「もっとも、ワシらはあの愚弟のように契約に関する知識はないがな! こうなったのは全て実力! 意思も行動も縛れん! ……と言いたいところだが――」


 自分の放った言葉ごと切り裂かんとする勢いで、彼は何時の間にか剣を抜いていた。それはピタリとイデルガの首を狙っているものの、そこから先に届くことはないようだった。


「このように、おまえへの攻撃行動は叶わないようだな! その点では、ファルファーレのやつに軍配が上がるだろう!」


 ガハハと楽しそうに笑う彼の姿にも、シリウスは覚えがある。

 彼はグラフィアケーンのような武人ではあるものの、ドラギニアのような戦闘狂としての一面も持ち合わせている。


 豪放磊落。そんな言葉がぴったりと当てはまる彼、アルケーノの姿にいつも手合わせを持ち掛けられていた日々を思い出して、苦い感情が込み上がってくる。

 ただ、その毎日すら今となっては愛おしく感じてしまうのは、きっとおかしなことではないはずだった。


「――『影の勇者』。君にどういう意図があるかなんて、どうでもいいことだ」


 そして、呟かれるように紡がれる少年の声。彼はイデルガを一瞥すると、優しげな瞳でシリウスの姿を迎える。


「君が無事で良かったよ、シリウス」

「スカルミリオン兄上……」


 背丈はシリウスと同じほど。決して戦闘に向いているとは言えない、人間の年齢にして十やそこらの小さな体。

 しかし彼は間違いなく魔王の息子、その第一子だ。シリウスはそのことを、身をもって知っている。


「余もまさか、またこうして話せるとは思っておらぬかったな……」


 グラフィアケーンには完全に自我と呼べるものがなかった。ただイデルガによって創られた存在。それに過ぎなかった。

 だが目の前に立つ彼らには明確に意識があり、記憶があり、自我がある。

 勇者連合軍が魔王城へ攻めてくる前。シリウスの進む道が分岐した、あの日以前。

 なんてことはない会話を交わしていた毎日が、いつでも手に取れる思い出が、鮮明にいま目の前に繰り広げられている。


 それがどれだけ幸せなことか。

 それをどれほど夢見たことか。

 シリウスの胸中に流れ満ちる、雪解けの陽射しのような温もりにずっと浸っていたい。

 そう、思わずにはいられない。


「――だが、所詮はまやかしだ」


 兄も姉も死んだ。目の前にいる勇者に殺された。

 過去が誘い、焦がれた幻が手を伸ばしてくる。

 それでは、意味がない。シリウスが生き残った、理由がない。

 現実を直視する。そうしなければ、望む世界へと歩み出すことも叶わないのだから。

 何より、彼ら兄姉の姿の足元には、この国の人間たちが眠っている。

 それを無視して、自分だけが幸せを享受することなど、あっていいはずがない。


「昔話に花を咲かせたいところだが、そんな時間も資格も、生憎と余にはなくてな」


 だからシリウスは過去を断つ。

 左腕を床に向けて、その手先から黒い炎のような靄を噴出させる。

 それは彼女の魔力を帯びながら、次第に一つの形を作り上げていく。


「……それは――」


 イデルガの言葉が透き通り響く。彼にも、見覚えがあるだろう。

 何せ、再びそれを創ったのは、彼なのだから。


「『影の勇者』。お主が創った赤い核をしばらく体内で分析しておってな。核を使用せず、どうにかそれを再現できないかと試行錯誤しておった。……そして、それがやっと済んだ」


 靄が晴れ、霧散したそこにいたのは長い髭を蓄え、鋭い眼光を飛ばす偉丈夫。その最大の特徴として、長い爪を煌めかせている。


「――グラフィアケーン兄上。余と共に過去を断ち切るとしよう。手伝ってくれるか?」


 その木の幹のように逞しい腕にそっと手を添え、彼の顔を見上げる。

 厳めしい顔つきで視線を巡らせていた様子だったが、やがて呆れたようにグラフィアケーンは溜息を吐いた。


「途方もなく面倒くさい状況だということは、わかった。だがまあしかし、愚妹の頼みだ。俺で良ければ、付き合おう」

「恩に着る」

「着なくてもいい恩だ。愚妹のために力を尽くすのは、兄として当然の務めだからな」


 言うが早いか、グラフィアケーンはその長い爪を以て、振り払おうと構える。


「……キミが僕の力を利用できたことには驚いたけど、戦況は変わっていない。グラフィアケーンのその力は知っている。残念だけど、ただの力押しじゃ彼女の結界は破れないよ」


 得意げに話すイデルガ。

 そう。先ほどのシリウスによる魔術による攻撃でもびくともしない結界が、彼の周囲には張られている。

 カニヤットの特異星(ディオプトラ)によるそれを攻略しない限りは、この戦況は揺るがない、はずだった。

 そんなイデルガの言葉に、鼻で笑う人物が一人。


「え~? あんた知らないの? グラちゃんの特異星(ディオプトラ)

「……彼の、特異星(ディオプトラ)――」


 そこでイデルガが引き攣り、青ざめる。

 彼が創ったグラフィアケーンには、特異星(ディオプトラ)まで再現がされていなかった。それは単純に彼が扱う特異星が、その当時はまだ未熟だった、というのが理由だろう。

 しかし、いま目の前にいるのは、シリウスが創り出した存在。

 彼が創ったものとは、別物だという可能性に、思い至ったようだった。


「――死にたくないなら、避けることだ」

「――っ!?」


 スカルミリオンの忠告と同時、グラフィアケーンのその一閃が、薙いだ。

 薄紫の半透明な結界。カニヤットの手によって張られたそれは、全ての外敵を通さない。

 絶対無敵を誇るはずの障壁。

 その中にいれば安全である、その認識が歪む。


「あ――」


 一振りの斬撃は、結界に触れることもなく、イデルガのいる場所にまで伝播する。

 彼の背後にある壁、玉座。シリウスの猛攻でも傷一つつけられなかったそれらが、真っ二つに引き裂かれた。

 そして、結界内にいたカニヤットの首も、その斬撃と共に宙を飛んでいた。


「――グラフィアケーン兄上の特異星(ディオプトラ)は、《隠匿排除の鉾(アングウィス)》。防御無視の、斬撃を放つことができる」


 彼の一撃で、残っていた壁は崩れ落ち瓦礫が散乱する。

 ギリギリのところで躱したイデルガや、悠々と避けた兄姉たちがその床に降り立つ中、ただカニヤットの体と頭部が、黒く歪み霧散していく。


「すまぬ、カニヤット姉上。――どうか安らかに、眠るがよい」


 葬送の言葉を贈るシリウスの頭上へと、雨が降り注ぐ。

 霞のように黒く消え行く実の姉の姿から、シリウスが目を離すことはない。

 煙のように周囲に溶けていくその彼女の口元は。

 最期に、笑顔を見せた、ように映った。

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