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魔王の娘  作者: 秋草
第1章 未来拒絶のクアドログラム
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魔王の娘とウェゼンの孫、シャーミア③

 高かった陽は山へと向かい始め、作り出す影を伸ばしている。

 直に夕刻が訪れる。

 生垣に沿うように佇むシリウスは、玄関の扉が開く音を耳にした。


「用意はできたか?」

「……別に、用意するほどのものもないわ」


 彼女が言うように、その手に持つ荷物は小さな布袋のみ。腰のベルトには短剣が装備されているが、それが本当に最低限のみの物資なのだろう。


「それでは行こう。長い旅になる」

「ちょっと待って、まだアンタの名前も聞いてないんだけど」

「そういえば名乗ってなかったな。余の名はレ=ゼラネジィ=バアクシリウス。魔王の子だ。ウェゼンからはシリウスと、そう呼ばれておったな」

「ふーん、魔王の子ね。え、それ本当……!?」

「ここで嘘を吐く理由もないだろう。それで、お主のことは何と呼べばいい?」

「シャーミアでいいわよ。というか、魔王の子ってどういうことよ!?」

「それについては、また旅の中で話すとしよう。ほら、行くぞ」


 そう言って、シリウスが先導し彼女がその後を追う。村の出口まで歩いたところで人だかりが見えた。と言ってもそれほど数は多くはないが、恐らくこの村の全員がそこにいただろう。


「シャーミア。達者での。いつでも、戻ってきていいからの」


 村長がそう言い、彼女と握手を交わした。そしてそれに倣うように、他の村人たちもシャーミアと思い思いの別れを済ませる。


「それじゃ、行ってきます」


 暖かい風が吹く。草の香り運ぶそよ風は、これからの冒険の吉兆を報せるものか、それとも苦難を報せるものか。

 どちらでもいいか。

 いずれにしても、前へと進み続けなければならないのだから。


「……良い村だな」


 ウェゼンの故郷の村から離れて見えなくなった頃、そう口を開くシリウスに彼女は穏やかな声音で返す。


「そうね。あの村で生まれて、良かったわ」


 その声に僅かに含まれるのは郷愁の念だろうか。突如訪れた別れに、気持ちがついていけないのかもしれない。

 しばらく黙って歩き続けていたが、やがてシャーミアが口を開く。


「ねえ……。その、何も聞かないでついてきたあたしもあたしなんだけど、この旅の目的って何なの?」

「ああ、そういえば話しておらぬかったな。余の目的は勇者全員を屠ることだ」

「勇者ね……。え!? 勇者を屠るって言った!?」

「言ったが……。何か問題が?」

「大問題でしょ!? なんでそんな冷静で言えるのよ!」

「旅の目的を話せと言ったから答えただけなのだが……」

「そんな理由で旅してるとは思わないでしょ……」


 シャーミアは嘆息を漏らし、言葉を続ける。


「勇者って世界的に英雄なのよ? アンタ、そのこと分かってるの?」

「ああ、知っておる。だが、その事実と余の目的に相関関係はない。余は父である魔王が死ぬきっかけとなった勇者たちを、全員殺すためにこの十年鍛えてきた。そして、ようやくそれが叶う」


 静かな口調だが、しかし明確な決意は溢れ出ている。それを悟ったのか、シャーミアも押し黙ってしまった。

 何か思うところがあるのか、それとも単にどのように声を掛ければいいのか迷っているのか。彼女は少しの間を置いて、やがて口を開く。


「……アンタが復讐したいように、あたしもおじいちゃんの敵を討つわ。精々、寝首を搔かれないことね」

「ああ、期待しておる。もっとも、余が死ぬ時は勇者全員を殺したその後だがな」


 これは復讐の旅。各々が自らの目的を抱いて、歩み行く。それが叶うのはいつになるだろうか。数年先かもしれない、もっと時間がかかるかもしれない。

 そして復讐を果たしたその後は?

 未来は誰にも読めない。だからこそ、自分自身で動かなければならないのだ。

 きっとこの旅も、この時間も、無駄にはならないだろうから。


「大街道に出たわね。目的地はサグザマナスかしら?」

「ああ。そこに勇者の一人がおるらしい。この調子で歩けば、明日の陽が昇る前には着くだろうが……」


 シリウスとしては一刻も早く勇者を討ちたい。故に、立ち止まっている時間も惜しいわけだが、当然というか何というか、旅の仲間は難色を示した。


「え、もしかしてこのままずっと朝まで歩き続けるつもり?」

「余一人ならばそのつもりだった。だが、今は違う。どこかで野営をしようではないか」


 一人旅と仲間がいる旅とでは、勝手が違う。そもそも一人ならばこうして街道を歩く必要もない。魔術で飛べばいいだけの話だ。だが、飛行魔術は他人には使えない。だからこうして歩いているし、シャーミアとも話す時間を取れている。


「別に、気なんて遣わなくていいわよ」

「生憎、回せる気など持ち合わせておらぬでな。余はただ、休息を取った方が明日の行動に支障が出なくなると思っただけだ」


 そう。これは気遣いなどではなく、シリウス自身の意思だった。ウェゼンに孫の世話を頼まれた手前、無理を押して倒れられては彼に怒られてしまう。

 だから歩幅を合わせることにする。

 ゆっくりと、少しずつ。

 魔王の娘と、人との旅はまだ始まったばかりだ。

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― 新着の感想 ―
夜通し歩くのは大変ですし、仲間が入って良かった。 物語のテンポが良くて読み進めやすいです。
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