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魔王の娘  作者: 秋草
第2章 過日超克のディクアグラム
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討伐祭⑮

「本当は、勇者の姿を見たらすぐに帰るつもりだったんだけど……」


 呆れたように息を吐き、青年は黒い帽子を被り直した。

 そこは大広場から逃げてきた人たちが、未だ逃げ惑う通りの一つ。大広場には雨にもかかわらず多くの人々が詰め寄っていたが、ようやく今しがた、この通りを逃げていく見物人の最後の一人を見送った。


「さて――」


 これまで避難誘導をしていた青年が見据えるは、彼らが逃げてきた方角。大広場に続く道。本来、その通りは店が立ち並び石造りのアーチが点在する、見るも美しく、訪れるも楽しい一区画だった。

 だが今はそういった活気とは程遠い空気が形成されている。

 並ぶ店舗には客はおろか店主もおらず、寂寞が漂うばかり。

 そして、通りを繋ぐように設けられた点在するアーチもまた、迫り来る魔獣の手によって破壊されていく。


「グルァアァアァアァ――――――ッッ!!」


 叫び声と共に後ろ足で器用に走るそれは、まるでトカゲをそのまま大きくしたかのよう。しかしその大きさが問題で。

 家々と同じほどの体躯を持ち、しかしこちらに向かってくるその走る速度は、図体の割に愚鈍とは呼べない。

 涎を垂らし、牙を光らせる魔獣が青年へと襲い掛かる。

 迫り来る死の塊とも呼べる巨体を前に、意外にも青年は楽しそうに笑ってみせた。


「おっと、危ない」


 その噛みつきをひらりと躱すと、魔獣は勢いに負けて地面に激突。巨体は自重に逆らえず、みっともなく転がっていった。

 それに巻き込まれて倒壊する家々は土煙を上げて崩壊の音を鳴らす。既に避難しているからとはいえ、数刻前まで生活に使われていたものが無残にも形を失っていく。


「勘弁してくれ。見ての通り高いんだ、この衣装。……ああ、失礼。獣風情にモノの価値はわからないか」


 冷めた瞳で瓦礫を被る魔獣を睨むと、懐から歪な形をした魔道具を取り出しながら近づいていく。

 彼が取り出したそれ。

 持ち手と思しき部分のその先端には、鉄の筒のようなものが取り付けられている。持ち手の部分に指を掛けるような意匠が施されていて、青年はそこに指を掛けて魔獣へと向けた。


「ちょうどいい。調整してもらったばかりの、この《レジオン》の試し打ちに付き合ってもらおうかな」

「グラァァァァァ――――――ッッ!!」


 それは、既に魔獣の攻撃範囲だった。首を振って、空いたその口を閉じれば、青年の体は嚙み千切られて大半を失うだろう。

 だからこそ魔獣もそうした。本能的に破壊を、殺戮を選んだようだった。


「――遅いよ」


 だが、それは――

 耳をつんざく炸裂音に阻まれた。


「ア、ガ――――――」


 魔獣の声が、情けなく響く。何が起きたのか理解できていないような、そんな弱弱しい音を上げて、()()穿()()()()()を、仰け反らせて倒れる。それはやがて、黒い靄となって塵と消えていった。


「……」


 それをただ黙って見つめる青年の背後から、猛々しい声が掛けられた。


「クェルクルフの旦那。もう避難者はいない感じですかい?」

「……さっき、最後の一人が逃げていったところさ」


 クェルクルフは金や銀をあしらった煌びやかな赤い服を羽織り直し、振り返る。そこには剣や槍、斧など様々な武装をした男たちが並ぶ。

 その内の一人が、宙に浮いていく黒い塵に視線をやって、尋ねた。


「そこの魔獣は?」

「俺が討伐したよ」

「はあ……。あんたに雇われた俺たちが言うのもなんですけどねえ。せっかくの手柄を取らねえでくれやしませんかね?」

「はは、ゴメンゴメン。こいつの調子を確かめたかったんだ」


 魔道具を見せながら軽く肩を竦めるクェルクルフに、男は理解を示さないように首を横に振って溜息を吐く。


「まったく、偉い人の考えることは俺にゃわかりませんな。じゃ、全員避難できたってことですかい?」

「そうだね。君たちにも避難誘導だったり、人を襲おうとする魔獣の討伐を手伝ってもらった。ようやく、ひと山超えたってところかな」

「じゃ、俺たちも避難を――」


 ガラリ、と。瓦礫を踏み潰す音が、後方で響いた。

 いつのまに、そこに誰かいたのか。ゆっくりと振り返ったクェルクルフは、その異形な姿を目の当たりにした。

 鮮やかな血を思わせる、赤褐色の肌。上半身に衣類の類はなく、こぶのように隆起する筋肉がその存在を主張している。

 しかし肌の色よりも何よりも、クェルクルフはその頭部に視線を注ぐ。

 人間のような首に、顎、口元から鼻にかけて、それらは全て人を思わせる構成要素。


 違うのはそこから先。その瞳には瞳孔や虹彩といったものがない。白目や黒目、分け隔てなく黄色く染められたそれは、細く鋭くクェルクルフたちを眺めていた。

 おまけに長い耳の後ろからは、黒い角が伸びている。

 これは人間ではない。そう結論付けるだけの根拠が、揃いきっていた。


「お客さんかい? 生憎と、俺たちは忙しくてね。用事があるなら、後回しにしてもらえると嬉しいかな」


 そう呼び掛けるものの人型のそれから返答はない。

 周囲を見渡すように首を動かし、やがてもう一度クェルクルフの一団へと戻ってくる。


「なあ――」


 若そうな男の声。吐き出されるように、大きく発されたわけではなかった。寧ろ溢すように、流れ落ちた程度の声音だったはずだ。

 だが、それだけで――

 その場全体に緊張が走った。

 クェルクルフ含めて、全員が手に持った武器を持ち、身構える。


「さっき、結構な数の人間たちがここ通ってっただろ? どこ行った?」


 じっと、こちらを見据えて、見透かす。地響きするような振動は、実際にこの世が揺れているのか、はたまた自身の心臓の音か。

 その質問に対して、クェルクルフは代表して応える。

 額から、汗を流しながら。


「避難者たちのことかい? それなら俺たちが逃がしたよ」

「なるほどな。それで? お前たちはなんだ? 力なきものを逃がすところを見るに、正義の使者かなんかか?」

「……まさか。俺たちはただの、観光客さ。彼らの保護者でも、彼らを守る者でもない」


 元々取り繕うつもりもなかった。ありのままを応えるつもりだった。

 それを察したのか、それともただ言葉通り受け取っただけなのか。彼は少し、気を良くしたように声音を上げた。


「そうかそうか。なら、殺しに行っても構わねえな」

「……」


 赤褐色の肌を持つその人物は、そのまま悠々とクェルクルフたちの傍を素通りしていく。隙だらけだ。いつでも剣を振るえるし、攻撃できるだろう。

 だが誰もがそれをしようとしない。屈しそうなほどの圧を前に、動けなかった。

 ただ黙って、これから起こるであろう虐殺を見過ごす。

 力に従うものしかいなければ、そうなっていたはずだ。


「待ちなよ」


 立ち去ろうとしていたその背に、クェルクルフが声を掛ける。

 何故声を掛けたのか、と。そう問う視線を投げる者は、そこにはいなかった。


「まだ君の名前を聞いていない」


 呼び止められた男は立ち止まり、ゆっくりと振り返る。

 その表情は、眉を顰め不可解を顔に表したような面持ちだった。


「名前だあ? 名乗る必要なんざねえだろ」

「名乗りは互いに対等な関係であることを示す手段だ。良くも悪くも、そこでだけは一時的にだけど平等になれる。……俺はクェルクルフ。君が名前を持たないようなら、残念ながら君と僕とでは正直、同じステージに立てているとは言えないね」

「なんだと?」


 今度はその眉を吊り上げて、クェルクルフへ怒気を放つ。言葉一つひとつに力が込められているようで、殴られているような錯覚を受ける。


「対等な関係なんざ必要ねえ。一方的に力を見せつければいい。それで上下関係もわかるだろ」

「それは自分には力だけしか取り柄がないと、そう言っているようにしか聞こえないけど?」

「……っ!」


 怒気がより膨らみ、その場を巻き込んで圧迫していく。いかにも、今すぐにでも殴り掛かりそうなほどの圧力を放っていたが、しかし彼は体よりも口を動かすことを選んだようだった。


「……いいぜ。安い挑発だが、乗ってやるよ。俺は魔王デュラアンテの第七子、ドラギニアだ」

「――魔王の、子息か。なるほど、道理で……」


 クェルクルフはそれを聞いて安堵する。得体の知れない化け物だと思っていたものが、その正体のほどを知れたことは大きく、緊迫したこの空気も今や肌をヒリつかせるいい刺激だと感じられる。

 魔道具に力を込めたまま、その瞳を魔王の子息、ドラギニアへと向ける。


「それで、魔王の子息様は、何故人を殺すんだい?」

「そういう命令だからだ。今の俺は、それに逆らえないようにできちまってる」


 誰に、と。そう問いかけたかったが、クェルクルフは直前で思い留まった。

 魔王の血縁が生きているという話は、この国に訪れるまで聞いたことがなく、ましてやこの国の祭りが始まる三日前に初めて街全体にその報せが入った。

 彼も魔王の血を継いだ純粋な生き残りなのか。

 それともまた別の何かなのか。

 今にも爆発しそうなこの空気の中で、それを尋ねるのは憚られた様子だった。


「で、名乗ったからもう行っていいよな」

「……いや、残念だけど行かせるわけにはいかない」


 クェルクルフが言葉を発すると同時に、魔道具を突き出した。その砲口はまっすぐに、ドラギニアを差している。

 遅れて、武器を持った男たちも、その魔王の子息に武器を向ける。


「……こりゃどういうことだ?」

「俺は、自分の不利益になるようなことはしない主義なんだ。避難させた人間たちがどうなろうが知ったことじゃないけどね。助けた人間に生き延びて、俺のギルドの評判を上げてもらう必要がある。彼らには、その価値があるんだ」


 冷静に紡がれる言葉は周囲を漂い、溶けていく。雨音に負けないほどの声量で吐き出されたそれに続いて、クェルクルフが力強く呟いた。


「――だから、ここで大人しく討伐させてもらうよ」


 彼がそう言うと、一斉に周囲の男たちが飛び掛かった。

 様々な武器がドラギニアへと向かい、地面は砕け戦塵が立ち昇る。

 完全に不意を突いた一撃。防御も回避も間に合わないはずだ。


「……いいねえ。やっぱ戦いはこうでねえとな!」


 しかしその不敵な咆哮は、その不意打ちの失敗を意味していた。

 戦塵が晴れたそこには、振り下ろされ突き出された全ての武器を、その全身で受け止めるドラギニアの姿があった。


「馬鹿な……! これほどの数の攻撃を――っ!?」


 驚愕はしかし、最後まで語られない。

 ドラギニアが力を籠め、全身を使って勢いよく伸びをする。

 それだけで、数人掛かりで攻撃していた男たちの体が、空中へと投げ出されていた。


「皆殺しは趣味じゃねえんだ! 楽しませてくれよ、クェルクルフ!」


 活気の乗った愉快な声が轟く。

 クェルクルフはそれに対して言葉を返さない。

 ただ腰を落として、手に馴染んだ魔道具で狙いを定める。


「――精々、期待に応えられるよう努めるよ」


 彼の声を引き金として。

 空気を切り裂く、号砲が鳴った。

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