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魔王の娘  作者: 秋草
第2章 過日超克のディクアグラム
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討伐祭⑭

「こっちにも魔獣が出たぞ!」


 街のとある一角は多くの人々で溢れかえっていた。周囲に高い建物もなく、見通しの良い広場。そこを一時的な避難所として扱っていたわけだが、魔獣がその場所を避難所だと認識するはずもない。


 人が集まれば集まるほど不安は膨れ上がり、騒ぎも大きくなっていく。人々の声は動乱する街の中を伝播していく。

 結果として、光に惹かれる虫のように、多くの魔獣が避難所を目指しやって来ていた。

 姿を見せる巨体のその姿に、避難者全員が息を呑み、恐怖する。魔獣はその二つの足を、確かに人々へと向けて、距離を詰めていく。


 この広場は見通しがいい。

 壁に覆われているわけでもなく、身を隠す場所もない。

 開けた場所。本来ならば何者かに追われている際の避難所としては、適さないはずだ。

 だが、そこが街の人々の一時的な安置となっているのには理由があった。


「ケガをしたくなければ、下がっていろ」

「ミラさん!」


 避難者の誰かがそう叫んだ。

 肩口で切り揃えられた黄金色の髪。銀の胸当てに丈の長いマントを翻して、革のブーツで石畳を踏み締めるその女性は、背丈の倍以上はある魔獣を睥睨し、――一瞬で姿を消した。


「――――――」


 魔獣が声すら上げる暇もない。

 魔獣が立っていた場所には、その女性が拳を突き出して佇んでいて、魔獣の姿はどこにもない。

 いや、それは遥か前方。

 広場にいた魔獣の体は広場から離れた人気のない通りまで吹き飛んでいた。やがてそれは黒い煙を纏い、消滅していく。


「おお……、ミラさんつええ……」


 最早救ってくれたことよりも、その女性を刺激させないようにしようという避難者たちの控え目な独白が横たわり、その広場には一時的にだが平和が訪れる。

 そんな背後から届く言葉が聞こえているのかいないのか、ただ消えていく魔獣を見据える彼女の元へ、剣を携えた一人の青年が駆け寄ってくる。


「ミラ! 無事だったか!」

「ああ。しかし、そっち側の救助は随分と早く片付いたようだな」


 凛とした声が周囲に響き、その声に広場にいる全員の姿勢が正される。

 透き通っているようで、しかし冷たいそれ。

 冷徹で凍てつくほど澄まされた声音に、青年が焦ったように応える。


「いや、なんか急に魔獣同士が戦い始めてさ。その勝った魔獣も俺たちを襲ってこねえし、何がなんだかわかんねえんだよ」

「……そうか」


 幾分、その声量が落ちたような気がした。何か思うところがあるのかもしれないが、それを尋ねられるような空気ではない。

 青年が何か、言葉を発しようとするものの上手く形にできずに、ただ音としてだけの意味を持たない遠慮を吐いた。


「なあ、ミラ。少し休んだ方が……」

「――構えろ」

「は?」


 氷点下のような声はさらにその温度を下回り、低く鋭く紡がれた。

 彼女が長い睫毛を瞬かせ覗く、その先。

 宙に浮かぶのは、二つの人影。


「こんなところに人がたくさんね」「変なところに命がいっぱいね」


 それらは少女だった。

 彼女たちはクルクルと空中で意味もなく手を繋いで回り、それぞれ片側の側頭部でまとめた薄緑の髪が、それに伴い円の軌道を描く。


「なんだ、あいつら……?」


 青年が誰にともなく疑問を投げると、意外にもその二人から返答があった。


「失礼だね」「心外だね」


 くすくすと、楽しそうに笑いながら彼女たちはゆっくりと降下していくと、やがて石畳に優雅に着地する。

 顔は瓜二つ。着ている服もドレスのようなもので、彼女たちは寸分狂うことのないタイミングで、二人同時にスカートの裾をつまんで頭を下げた。


「私がリビで」「わたしがリバね」


 彼女たちがそんな自己紹介を終えて、顔を上げる。

 そこに作られたのは、子どものような純粋な笑顔。まるで新しいおもちゃでも見つけたかのように、虚ろな瞳を輝かせて、姿勢を正す。


「ねえお兄さん」「ねえねえお姉さん」


 リビとリバと、そう名乗った少女たちがその目を妖しく薄めて、声を弾ませながら言葉を続ける。


「楽しい遊びをしようよ」「苦しい暇つぶしになるよ」

「遊びだって……?」


 青年の言葉に、彼女たちは嬉しそうな笑みを浮かべる。それは年相応に見えるし、もっと幼いようにも映った。

 彼女たちは手を繋いだかと思うと再びクルクル回り、踊っているかのように、やがてその場でピタリと止まる。


「どちらがリビで」「どっちがリバでしょう?」

「え……?」


 そう問われ、青年が困惑してしまう。顔立ちは二人ともまったく同じ。鏡映しにでもしたかのような存在だったが、即座にわかる二人が異なる点があった。

 結んでいる髪の位置だ。

 右側頭部で結んでいるのがリビで、左側頭部で髪をまとめているのがリバ。青年はペースを惑わせられながらも、そう答えた。


「正解せいかい~」「凄いねさすがだね」


 適当な拍手をバラバラにしてみせる彼女たち。

 やがてそれが止んだかと思うと、改めて佇まいを直す。


「改めましてわたしたちの自己紹介を」「魔王デュラアンテの三女と四女だよ」

「魔王の、娘――!?」

「そうだね」「そうかな?」


 咄嗟に剣を構える青年に、怯んだ様子を見せない二人。寧ろさらにその笑みを深くして、楽しそうに告げる。


「そんじゃ正解したお兄さんにプレゼント」「感謝目一杯して泣いてね、お兄さん」

「プレゼントだと……?」

「うん」「受け取って」


 困惑する彼のことなど知る由もない。

 彼女たちは楽しそうにまたも踊り始め、次第にその速度を上げていく。

 やがて二人の姿かたちがぼやけ始めるほどの速さに到達し、いよいよ青年がその剣を握り直す。


「何がプレゼントだ? 魔王の娘だって言うんなら、グルグル回ってる今がチャンスじゃねえか!」

「待て、油断するな――」


 ミラの制止の言葉を待たず、青年が斬り掛かる。

 未だ回っている二人に、その刃が振るわれる――


「――っ!?」


 と、咄嗟にその首根っこが掴まれ、後方へ思い切り引き戻される。

 同時に、青年の首筋に激痛が走った。


「つっ――、何が――!?」

「あれ?」「あれあれ?」


 青年の進行を止めたミラが、そのまま雑に彼を後ろに放り投げる。

 やがて回転を止めた少女二人の手元を見て、青年は戦慄した。

 黒く、禍々しい鎌。少女たちの背丈以上はあるその鎌の先端からは、赤い雫が滴っている。


「避けられたね」「勘付かれたね」


 そう交互に言葉を放つ二人の表情は、先ほどとは打って変わってキョトンとした顔を見せている。

 しかしそれもほんの僅かな時間のみ。

 すぐにそれは歪で不気味な笑顔と変わり果てる。


「「やるね、お姉さん」」


 この場全てを支配するような、黒い重圧。呼吸すらままならないほどの空気が圧し掛かる中、ミラが平然と一歩進む。


「ディフダ。避難者たちを連れてここから逃げろ」


 そう呼ばれた青年は血が零れる首を抑えながら後姿を眺め、苦しそうに喚く。


「……ミラは!?」


 少女二人が鎌を交差させる。

 まるでそれは彼女の思惑を拒絶するかのようなバツ印のようで、それをミラは睨んだまま振り返らない。


「私は、この双子と少し遊んでいく」


 重々しく冷たいその声は雨音と共に落ちていく。

 そうしてミラ=アステイルは、双子の少女たち――、魔王の息女と相対するため、そのマントを翻す。

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