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魔王の娘  作者: 秋草
第2章 過日超克のディクアグラム
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『メサティフ』副騎士団長、ルシアン

 いったい、どこからおかしくなってしまったのか。

 スキラス家がこの国を統治していた頃は、もっと幸せでもっと平和で、もっと自由だった。上層部と下層部の差こそあったが、それをどうにかするために王は心血を注いでいた。


 この国には未来があった。

 この都市には希望があった。


 だからこそ、この都市を守る盾として『メサティフ』に入ろうと思えたし、この国の役に立つべく鍛錬をこなしてきた。

 周囲の友人たちが恋人を作り、人生を謳歌している間にも、ただ一生懸命に剣を振り、魔獣を討伐する。


 そのことを後悔しているわけではない。それが自分で決めた人生。文句はないし、納得もしている。

 それに、『メサティフ』の騎士団長の元で働けるのだ。

 これ以上の幸せもないだろう。


 『メサティフ』騎士団長、トゥワルフ。

 彼とは街の外で出会った。子供の頃、と言っても十歳かそこらだったが、親の言いつけも守らずに都市の外に自生している花を摘みに行った時のこと。

 過ぎる時間のことも気にせず花を集めていたが、一陣の風が花を揺らし、小さな足音が耳を打った。


『ま、魔獣……!?』


 花畑を踏み潰すように、その魔獣は四つの足で近づいてくる。鋭い牙、光る爪。獲物を捕らえたように、眼光を強く湛えている。


『い、いや……』


 集めていた花々を手放したことも気に留めず、慌てて後退する。しかしそれに対した意味もなく、魔獣はゆっくりと確実に距離を詰めてくる。

 静かで、平和だった空間は、いつの間にか絶望に塗り潰されていた。


『――っ!』


 魔獣がその身を跳躍させた。思わず、目を瞑ってしまう。抵抗する力も持たないのだ。できることと言えば、現実からの逃避ぐらいなもので、けれど目を瞑ったとしても痛いことに変わりはない。


『……大丈夫ですか?』


 だが、痛みがやってくることはなかった。代わりに届いたのは、優しく包み込むような慈しみに満ちた男性の声音。

 目を開けると、そこにいたのは茶色の髪を後ろで縛り、顔にほうれい線を描いた男性。彼は微笑みながら、しゃがみ込んでゆっくりと手を差し伸べた。


『怪我は……、していないようですね。立てますか?』

『う、うん』


 ぎこちない返事になってしまったことを後悔したものの、それを受けて彼は殊更に笑みを深くする。


『あ、あの、魔獣は……?』


 おずおずと、そう尋ねた。どこを見ても魔獣の姿はない。辺りを見渡すその姿がおかしかったのか、彼は声を出して笑って、あどけない表情で返した。


『魔獣は、私が追い払いましたよ。でも、また遊びに来るかもしれませんから。今日は早く帰りましょう。街まで、付き添います』


 そう言って繋がれたその手は暖かく、心地良かった。その後、何事もなく家へと辿り着いて、その男性の正体がトゥワルフであったことを知ったのは、ずっと後になってのこと。

 そこから騎士に憧れて、彼と出会った。


 ずっと慕っていた。

 ずっと彼のようになりたかった。

 目標であり、追い掛けるべき対象であり、彼の力になりたいと思っていた。

 なのに――


「――あなたは、トゥワルフ騎士団長なんかじゃないわ」


 胸が痛い。口元が震える。彼の剣は胸を傷つけていなかったはずだが、締め付けるような苦しみがルシアンを襲っていた。

 否定してほしい。夢であってほしい。

 こんな現実は到底受け入れられない。

 そう思うものの、目の前に立つ憧憬の対象は虚ろな瞳を注ぎながら、耳障りな声を放つ。


「――残念です」


 別れの言葉にしては短く、しかし彼の意思はこれ以上ルシアンの相手をする必要はないと、言外にそう告げている。

 止められなかった。

 そう思うと悔しさが込み上げてきて、一筋の涙が頬を伝う。

 降り注ぐ雨のせいで、その涙は誰にも気づかれない。そしてそのまま、この場で誰の目にも届かずにトゥワルフの剣に斬り捨てられることだろう。


「……」


 彼から殺気のような、あるいは虫を殺す時のような慈悲のなさを感じ取ったその直後、ルシアンはそれを見つけた。

 トゥワルフの背後、大通りを走ってくる一人の少女の姿を。

 銀色の髪を左側頭部で結び、紅色の瞳を輝かせる彼女は立ち止まって、その綺麗な声を張り上げた。


「ルシアンさん――っ!!」


 来てはいけない、と。そう警告したかったが、最早口は動かない。

 あるいは。

 ここに彼女が来たのも、何かの運命なのだろうか。

 もしかしたら、彼女ならば彼を止めてくれるのかもしれない。

 そう信じることにして、故にルシアンは自分にできる最大の反応を返すことにする。


「――」


 ルシアンが、シャーミアへ優しく微笑んだのと、その身が数本の剣に引き裂かれたのは、ほとんど同時のことだった。

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