雨は未だ止まず
時は少し遡る。大体、シャーミアが戦闘を開始する直前で、ファルファーレがフネッディを助けて上空に飛び立ったタイミングぐらいの頃。
大広場から城へと続く一本の大通りを、一人の騎士が駆けていた。鎧は着ているものの、兜はしておらず、ほうれい線の入った少し年齢を感じさせるその男の顔はただひたすらに無表情で、前だけをただ見据えている。
そこに降り注ぐ雨を鬱陶しく思う感情や、いま街が陥っている危機への焦燥や戸惑いは感じられない。
いつもは人で溢れかえっているその大通りに人影はなく、ただ鎧が鳴らす金属の音が鳴り響くばかり。
マントを風雨で翻しながら進む彼がやがて動きを止めたのは、その大通りを阻むように広がる騎士の壁を見つけたからだ。
「どこへ行くんですか? トゥワルフ騎士団長」
正面に佇む、金髪の女性がそう尋ねてくる。言葉こそ穏やかだが、その口調には心配と不安、そしていつもの調子で話そうとするぎこちなさが存分に溢れかえっていた。
「……あなたこそ、こんなところで何をしているんですか? ルシアン」
トゥワルフ、と。そう呼ばれた騎士の男は淡々とそう尋ねた。事務的で、しかしながら圧力すら感じる声音。大きな声ではないはずなのに、雨風に掻き消されないそれは確かに目の前の騎士に届いていた。
「騎士団長を待っていたんです。騎士団長の目を覚まさせるために」
「目は覚めていますよ。実際、私は私の役割を果たすべく、この先に向かっているんですから」
「魔王の娘を討ち取るため、ですか?」
彼女の声が、静かに落ちる。雨に濡れた彼女の髪は、すっかりと崩れてしまっていてその双眸は殊更に寂しさを訴えている。
「当然です。この国を魔獣から守るため、私はこの剣を振るいます」
「トゥワルフ騎士団長なら、あの子が悪いヤツではないことぐらいわかるはずです。それよりももっと、裁くべき対象がいるでしょう? 足掻く力もない民を守るためにやるべきことがあるのに、それを放ってこんなところにいるなんて……! 騎士団長らしくありません……!」
彼女の声が段々と激情を帯びる。その瞳に光が宿り、向ける視線は救済を信じる無垢な子どものようで、大人びた彼女には似合わない。
「……お願いです。どうか、いつもの騎士団長に戻ってください」
響く音はどこまでも悲哀に満ちていて、同時に期待も含まれていた。
雨音が、無言の空間を埋める。
ざあざあと雲の流した唄が床を叩きつけて反射し、雨粒たちの大合唱が彼の返答を待つ。
果たして、トゥワルフは帯剣するその柄に手を掛けた。
「……私の邪魔をするなら、ルシアンであろうと手加減はしません」
「――っ」
彼女の瞳が絶望に塗り潰されそうになったものの、ルシアンは無理やり首を振って突き付けられた事実を打ち破る。
「総員、トゥワルフ騎士団長を止めるわよ!」
「はい!」
すぐさま思考を切り替えた彼女が飛ばした命令に、並ぶ騎士たちが勢いよく応える。
そしてそのまま彼らはトゥワルフへと斬り掛かる。数にして十数人ほど。遅れて、ルシアンもまた彼の元へと駆けた。
「……舐められたものですね。この程度の人員で、私を止められると思っているなんて」
そんな失望に彩られた声が響いた。
無感情に見えた彼からのその独白は、飛び掛かる全員に緊張を走らせる。
「油断しないで! まずはこの人の間合いに入らないよう――」
ルシアンの声が、無理やり途切れさせられた。彼女のすぐ横を、二人の騎士が吹き飛んで、遥か後方に転がっていく。
彼が攻撃行動に入った気配はない。彼が取るその体勢は変わっていない。
だが、明確に先ほどと違う点があった。
手を当てていた柄、あるいはその剣が鞘から消えている。
「――回避を……!」
「遅い――」
彼の単調な声がその場を支配した。その直後に訪れたのは、鎧の金属音が力なく地に落ちていく音と、鮮血の雨。
「ぐああああああああぁぁぁぁぁぁ――――――っ!!」
ルシアンを除く全員が悲鳴を上げて首元付近から血を流し、糸の切れた操り人形のように地面に伏せる。
「致命傷ギリギリのところで躱したようですね。さすがは副騎士団長です」
血潮に立つトゥワルフがそう声を掛けるものの、彼女が返すのは反抗的な瞳のみ。
絶望には染まっていない。
心は折れていない様子。
だが何よりも、抗う力に徹底的な差がそこにはあった。
「敗因は明確。油断と、期待。どこかで、私が手心を加えてくれるかもしれないと、そう思っていたようですが、随分と甘いですね。……そもそも騎士団の全員が、私の剣筋を知っているはずでしたが」
「……よく、理解しました」
それは、トゥワルフへの応酬に見えたが、しかしそれにしては嚙み合っていない。ただ続く言葉を待つ彼へ、ルシアンは睨みつけるように吐き捨てた。
「――あなたは、トゥワルフ騎士団長なんかじゃないわ」
それを受けた彼は、どのような顔をしていたのだろうか。
無表情か、あるいは激怒を装ったのか。
もしくは、痛ましく悔しい顔を、見せていたのかもしれないが。
ただ彼女だけが、その答えを見て――
そして泣きそうに、顔を歪めたのだった。
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