討伐祭⑫
「その短剣の対象は自分も含まれるんじゃねえのか? つまり、お前自身も動けねえはずだ!」
勝ち誇ったように大槌の男はそう告げる。
彼の言うその通り。《カゲヌイ》は影が触れるもの全ての動きを止める。それは自分も例外ではない。
今、こうして立っているシャーミアは回避も攻撃もできない格好の的。先ほどの矢が飛んできても避けられないし、別の者の攻撃は防げない。
「動けねえ内にやっちまえ!」
そんな声が広がって、攻撃に参加していなかった別の剣士がその剣をシャーミア目掛けて振り下ろそうとした。
そのまま、まともに受ければ袈裟斬りにされるであろう位置。《カゲヌイ》の影響で避けることもできない、と。
ここにいる者たちは全員、そう思っていたはずだ。
「――っ!?」
突如として、シャーミアの周囲にいる者たちの体がガクンとバランスを崩した。
剣を振っていた男も、宙で静止していた襲撃者たちも、動き方を思い出したかのようによろめき、落下する。
その一瞬の隙をシャーミアは見逃さない。銀の剣を持つ男の服を掴んだ彼女は、その力を込められていない体ごと、今まさに迫る一閃の前へと突き出した。
「ぐうっ――!?」
振り下ろされた剣が、その男の背を斬りつけた。鮮血が飛び散る中、崩れ落ちる男の影から矢が飛んできているのをシャーミアは視認する。
しかしシャーミアはそれに対して何もしない。落下してくる襲撃者のうち一人の剣を短剣で防いだ彼女は、もう一人の襲撃者の攻撃を見向きもしない。
「もらった――」
そんな声と共に、背後から凶刃が向けられる。だが、結果として予期される惨劇は起こらない。
「痛っ……!?」
その襲撃者の脇腹に、深々と突き刺さる矢じり。苦痛に歪む顔はシャーミアへ攻撃するどころではないことを物語っていて、事実ただその身は地面に落ちていくばかり。
そして、短剣で防いだ剣を襲撃者の体ごとはじき返したシャーミアは、すぐに足を弾かせその襲撃者が着地する前に距離を詰めようとする。
「させるか!」
またも別の冒険者が行く手を阻む。シャーミアの体を真っ二つにするかのように大剣が真横に振られるが、跳躍することで彼女はそれを軽々と飛び越えた。
「――っ!?」
襲撃者が声を発する暇さえなかった。そのままの勢いで駆け抜けたシャーミアは、通り過ぎざまに男の全身を切り刻んだ。
薄皮一枚を傷つける程度の斬撃だったが、それが複数ともなれば激痛を伴うはず。しかしその男は叫ぶ声も上げずに、血を流しながら地面へと転がっていった。
これで――
「ようやく残り半分ね」
手負いと言えど戦えないわけではない。だが、一人は背中を斬られ、一人は脇腹に矢が突き刺さっている。もう一人は全身に無数の小さな傷を与えた。
戦う意志を削ぐには十分だろう。
「……これで勝った気になってるのかよ?」
「まだやるつもり? あたし、急いでるんだけど」
「いいや。ただ随分悠長に、おしゃべりに付き合ってくれるもんだなって思ってなあ!」
大槌を持った男が叫ぶと同時、大剣を持つ男が唸り声を上げながら突撃してきた。
「はあ……、懲りないわね、アンタたち」
直進的で、わかりやすい攻撃。その一撃を防ぐべく、短剣を構えようとしたシャーミアだったが――
「……?」
腕が何かに引っ張られるように上がらない。視線を下げると、自身の手首に細い紐のようなものが巻きつけられているのが見えた。
「こいつには特異星があってな! 物体の気配を消すってもんだ!」
その紐の持ち主である剣士の少年は、大槌の男の言葉に無言で頷く。何故当人でもないのにそれほど自慢げに語るのかはさておき。
紐のせいで動きが制限され、大剣を片手で受け止めるしか選択する術はない。
と、勝ち誇った表情を見せる大槌の男は思っているだろう。
「――!? 紐が……!」
「なんだと!?」
彼女の動きを縛る紐は、《カゲヌイ》で断ち切った。これで攻勢に出られる。
「――」
瞬時に、向かってくる男との距離を埋める。大剣を構える男もまさかこちらに突っ込んでくるとは思っていなかったようだ。その顔を驚愕に染めながら、しかしその瞳を細めて、彼は適切なタイミングで剣を振った。
「悪いわね――」
それは、確実に当たる間合い。タイミングも完璧なはずだった。
しかしシャーミアの方が、振るわれる剣よりもずっと速く――
「――アンタたちなんかに、苦戦もしてられないの」
二本の短剣が、男の上体に斬撃を与えた。
滴る深紅は地面を濡らし、雨に混じり薄くなり、濯がれる。
彼女は先を急いでいる。
遥か遠くに見える、一人の少女に追いつくそのために。
「まだだ!」
「……しつこいわね――」
斬られたはずの大剣の男がその身を翻し、攻撃体勢へと移る。傷が浅かったか、と。そう思考するシャーミアの全身を、魔力が包んだ。
その奔流に気がついたのと、ほぼ同時。男諸共巻き込んだ爆炎が、上空から燃え盛った。
「おお! 今度は当てたな!」
感嘆と歓喜の声がどこともなく上がった。やがて炎が消え、そこに現れたのは身を焦がした男の姿だけだった。
「は? どこ行った――」
大槌の男がそう叫びかけた時、刃を鳴らす音が静かに響いた。
彼の首筋に当たる、白い刃。冷たく鋭い短剣は、雨に濡れて鈍く輝く。
「あれ避けれるのかよ……!」
「おじいちゃんの魔術と比べればね。鍛えられた甲斐があったわ」
謙遜することもなくただ事実を述べるシャーミアは、そのまま短剣に力を込めた。
「それで、ここからどうするつもり? まさかまだやるって言うんじゃないでしょうね」
「……いや。ここまでボコボコにされたんだ。さすがにやめるさ」
両手を上げて降参の意を示す大槌の男。それを見たシャーミアは彼の首筋から短剣を下げた。
「――なあんてな!」
危機を脱した男は、すぐさまその拳をシャーミアへと見舞う。完全な不意打ち。おまけに距離も近い。そう簡単に避けられる距離ではないはずだったが、次に地面にのたうち回ることになったのは男の方だった。
「――いでえええええええええ!?」
拳から血を噴出させながら、転がり回る大槌の男。
男の拳が直撃するであろう箇所に《カゲヌイ》を生やしていたシャーミアは、呆れたように溜息を吐く。
「アンタ、本当に馬鹿ね……」
最早同情の余地すらないその光景を冷めた目で見つめていると、遠くから男たちを連れた一人の女性の姿が見えた。
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