討伐祭⑧
父は比較的厳しい親だったと、今となってはそう思える。あるいは家族に対して、あまり表には態度を出さないせいか、余計に冷たい人間だと感じてしまう。
しかし、誕生日にはしっかりと祝ってくれるし、教養として価値のあるものならば、何でも買い与えてくれる。
ミスティージャからすれば、そんなことよりも父と一緒に過ごす時間を渇望していたわけだが、王の責務を負う父の時間を、子どものわがままで浪費するわけにはいかない。少なくとも当時はそう思っていた。
だから、いつの日かきっと、父とちゃんと会話できる日が来ると、ミスティージャはそう思っていた。
そして、それは母に対しても同じ。
父と比べると母と過ごした時間は多い。会話だって、飽きるほどにしてきた。
だからこそ、ここまで育ててくれことに、ちゃんと感謝しなければならない。親孝行できることが、たくさん残っている。
いつも慕ってくれる妹とも会話し足りないし、別れとしては早すぎる。
まだまだ、喋りたいことがたくさんある、のに――
「なんで――、なんで……っ! 俺たちがこんな目に遭わないといけないんだよ……!」
父も母も、それに妹も。魔獣に変えられてしまうほどの罰を犯したのか?
ただ普段通り過ごしていただけなのに、それまでの幸せを破壊されるほどの罪を背負ったのか?
ミスティージャは変わり果てた家族の姿に、何もすることができない。
いや、何もする気力が起きなかったのだ。澄み切っていたはずの視界が一気に闇に覆われて、何か行動を起こそうとする選択肢すら浮かんでこない始末。
「……」
ふと、手にした黄金色に輝く剣へと視線を落とす。シリウスから渡されたそれは、今のミスティージャとは真逆の、美しい輝きを放っていた。
こんなものを渡されても、できることは決まっている。
守るか、傷つけるか。
僅かな先すら見通せない暗闇へと放り出されたミスティージャの元に、その剣は少なくとも二つの選択肢を与えてくれている。
どちらを選ぶか。選んでも後悔しないか。
目の前には、魔獣となった家族と、それらと戦う騎士たちの姿。
その一歩は、迷うことなく踏み出せた。
「俺の家族を、傷つけてんじゃねえ!」
騎士が白銀の魔獣に向けて振るう刃を、ミスティージャはその黄金の剣で受け止める。金属音が鳴り響き、騎士たちは狼狽したように距離を取った。
「……血迷いましたか、ミスティ王子」
トゥワルフが呆れた様子でそう言葉を放つものの、ミスティージャには響かない。
この選択に、後悔なんてないのだから。
「魔獣を助けるなんて、あり得ませんよ」
「知らねえよ。俺は、俺のするべきことをするだけだ」
喋っている内に、心が理性を取り戻し始める。
興奮と混乱で熱にうなされていた体は雨に打たれてとっくに冷えて、自分でも驚くほど冷静に立っていることができている。
トゥワルフの言葉がどれほど正論だろうと、自分がどれだけ非常識なことをしていようとも。
彼はその剣を離さない。
「わかりました。ここにいる騎士たちに、是非とも葬られてください。それで、ミスティ王子。あなたの役割は終わりです」
「……師匠は、戦わねえのか?」
「イデルガ様からの命令が下りまして。魔王の娘を排除せよとのお達しです」
トゥワルフはそう言うと、ミスティージャも暴れ狂う白銀の魔獣も無視して、シリウスが去った方角へと走り出す。
「ここは任せましたよ」
「はい!」
改めて、武器を構え直す騎士たち。数は十人ほど。
守りきれるだろうか。いや、守るしかない。
ミスティージャも改めて、その手に握る剣を、握り直す。
「――まったく、酷い目にあった……」
そんな、のんきな声がミスティージャの耳を打った。
その声の主は、白銀の魔獣が飛び出てきた亀裂から、這い出るようにしてその姿を現していた。
「……ラベレ――っ!」
羽織る白衣はボロボロだったが、その髭面は忘れもしない。
魔獣を創り出す実験をしている狂った研究者。そして恐らく、家族を魔獣へと変えた元凶。
「おお、ミスティ王子。いや、元王子でしたなあ! そんな怖い顔をしないでくだされ! 剣も下ろしてほしいですな」
下卑た笑みが、酷く不快だ。癪に障る声に、にたついた視線。その全てが嫌悪の対象。
「ラベレ様をお守りしろ!」
ミスティージャとラベレとの間が、甲冑の群れに阻まれる。
何をしてるんだ。彼を守る価値などない。そう叫んだところで、現状、自らの意志を持たない騎士たちには届かない。
「ぐおおおおおおおおおおォォォォォォ――――――!!」
白銀の魔獣の咆哮が唸る。振るう腕と太い尾は、周囲の建物を崩していく。そして、二頭の口元に迸る、眩い魔力の奔流。
籠められたその力の塊はそこにいる大広場ではなく、遠く離れた区画目掛けて無差別に放たれた。
「な――っ!?」
空を切り裂き、迸る光線。ミスティージャからは視認できなかったが、遠くで爆音が鳴動したことは知覚できた。
「何やってんだよ!? 街を、人がいるかもしんねえんだぞ!?」
そう白銀の魔獣に訴えかけるものの、返ってくるのは疲弊したような唸り声。口元からは血が漏れ出していて、それがミスティージャの頬を濡らした。
「父様――」
声を掛けても無駄だと知りながら、彼が何か言葉を発しようとしたその時、耳元で爆発音が炸裂した。
「な、なんだよ――」
思わず息を呑む。
炎と煙が、白銀の魔獣の羽から立ち上っている。爆発の衝撃に耐えきれなかったのか、その体がゆっくりと倒れていく。
「な、なにが――」
思考が追いつかない。縋るように放たれた言葉に応じたのは、聞き覚えのない声だった。
「おいおい、これで終わりじゃねえよなあ」
「誰だよ、お前ら!」
すっかり人もいなくなった広場に、残っていた数人。彼らは皆一様に武器を構えて、その中には杖を携えた者もいる。
「あん? 俺たちは冒険者、もしくは傭兵だ。大雑把に言や、魔獣を狩るのが仕事だ。まあ、元王子の坊ちゃんなら知らなくても無理はねえか」
髪を後ろに流して嫌な笑みを浮かべる男に、ミスティージャは敵意を向ける。
しかし男はそれに対して、武器を構えるわけでもなく、ただ肩を竦めてみせるだけ。
「おまえ正気か? この状況を見てみろよ。ここに残った奴らは魔獣騒動を喜んで受け入れるような人間どもだ。当然、魔獣を殺すことに躊躇なんざしねえし、それを守るおまえも魔獣に与する者として平気で殺す。たった一人で、何ができるってんだ」
体勢を崩していた白銀の魔獣が起き上がる気配を、ミスティージャは背後から感じ取る。
確かにこの状況は、ただ自分一人がここにいる全員と敵対している状況。
この魔獣を守る義理も義務も、誰も持っていないのだから当然だ。
勝てる見込みなどない。
このまま意地を張り続けていたら死んでしまうだろう。
そんなことは、わかりきっている。
ミスティージャ自身が、痛いほどにわかっている。
「――それでも俺は……、家族を守る」
「そうかよ」
いつの間にか目の前にいた男が、手にした斧を振り被る。
咄嗟の防御が間に合わない。
思わず、目を瞑ってしまう。痛みと現実からの逃避を選択して、彼を責める者はいないだろう。
描かれる惨劇。ミスティージャはその体を両断され、白銀の魔獣は数の暴力により殺されるだろう。
――俺が、もっと強けりゃあ……っ!
そんな後悔が込み上がってくるものの、全てが後の祭り。悔やんだところで、何も好転するはずがない。
と、そこで気がつく。
いつまで経っても、目の前に迫っているであろう斧が、振り下ろされないことに。
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