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魔王の娘  作者: 秋草
第2章 過日超克のディクアグラム
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討伐祭⑦

 魔獣の一体が、騎士たちを無視して観衆たちへと駆けていく。口元から涎を垂らし、その爪と牙を煌めかせて群衆に飛び込むそれを見て、ミスティージャが思わずその身を飛び出そうとした。

 ただ、それよりも前に、魔獣と群衆に割り込む影が一つ。


「な……、魔獣が――」


 ミスティージャが思わずその双眸を見開く。

 逃げる観衆へと向かう魔獣を止めたのは、同じ捕らえられていた魔獣だった。


「元々人間だったものが、他者を助けるために動くのは、何も不思議ではない。あの襲おうとした魔獣は恐らく、イデルガによって作られた核無き魔獣だ。そこに宿るは無心。故に余の言葉が間違った解釈で伝わってしまったようだな」

「ようだなって……、そんなんでいいのかよ?」

「何も問題はないだろう? 寧ろ、元人間の魔獣なのかそうでないのか見分けがつく分、便利だと言える」

「そりゃあ、そうかもだけど……!」


 続けて何か言おうとしていたミスティージャだったが、しかしそれは叶わない。

 騎士たちとトゥワルフがシリウスたちを取り囲むようにして、その剣を構えていた。


「……投降してください。さもなければ、街を動乱に陥れた大罪人として裁かれるでしょう。今ならまだ、その汚名だけは着せられないはずです」


 彼の声は、言葉をただ並べているだけのように、空々しく虚ろ。瞬く瞳にも光は宿っておらず、生気を感じさせないものだ。

 しかし、そこに宿る殺意は本物だ。今の彼ならば、仲が良かったミスティージャですらも一切の躊躇いもなく殺すだろう。

 そんな彼から、シリウスは視線を逸らす。向ける先は、処刑台の奥。イデルガが立っていたその場所は既に、もぬけの殻となっていた。


「悪いが、余は急いでおってな」

「ならば、尚更行かせるわけにはいきません」


 虚ろな瞳で鋭く睨み、トゥワルフは一歩歩み出る。それに対して、ミスティージャは一歩後退した。


「……シリウスさん。これはもう、さすがに逃げてらんなくねえか?」

「そうでもない」

「……? 何かまだ策があんのか?」


 ミスティージャはトゥワルフを見据えたまま、視線と共にそう投げ掛ける。しかしそれへの回答として、シリウスは首を横に振ってみせた。


「いや、元より余に策などない。だが、余が手を下すまでもないという話だ」


 実際、この辺りの騎士を一掃して、イデルガを追い掛けることなどシリウスにとっては造作もない。

 だが、身勝手な暴力を関係のない人間にぶつけるつもりはさらさらない。この場からの脱出という意味では、それも容易に達成できるだろうが、その選択肢も現状視野には入っていなかった。

 ならば、どうするのか。

 答えは既に、決まっていた。


「なんだ……っ!? 地面が揺れて――」


 突如、シリウスたちが立っている場所に、地鳴りと共に亀裂が入った。地面の震えは徐々にその勢いを増していき、周囲の騎士たちが足をよろめかせて膝をつく。

 そして。

 勢いよく膨れ上がった地面を突き破って出てきたのは、白銀の鱗に覆われた双頭の有翼魔獣。


「――お主たちは、此奴の相手をせねばならぬだろう」


 シリウスはその地面の崩壊に巻き込まれず、すぐさま崩れた騎士の包囲から抜け出した。

 一方で突如出現した巨大な魔獣に、騎士もミスティージャも怯んでいる。


「な、何なんだこいつは……!」


 それは、騎士の動揺など見向きもせずに、ただ手を藻掻きながら地面から這い上がる。

 無造作に、暴れるように。

 それから、苦しむように。

 その魔獣は咆哮を上げた。


「こいつは……、いや――」


 ミスティージャが、それを見上げて立ち尽くす。まるで、ただ空を眺めるように、呆然と佇む彼の瞳には。

 驚愕と、混乱。

 そして、苦悩に満ちていた。


「父様――っ!? 母様――っ、それに――」


 彼の体は自然と、その魔獣に向けて駆け出してしまっていた。それは、既に魔獣の振るう力の範囲内。暴れる腕が、無防備なミスティージャへと迫り来る――


「まったく、目を離すとすぐに死にそうになっておるな」

「シリウスさん……っ! あの魔獣は――」


 シリウスに抱き抱えられる形で、魔獣の攻撃を回避し宙を浮かんだ彼が見るその先は、その二頭と胸に埋め込まれた女性の半身。

 それぞれの頭部は、確かに人間の顔を張り付けたような見た目をしている。白目から涙は流れ、表情は苦悶を描いていた。


「あれは、……俺の父様と母様――、それと妹のアイディなんだ……」

「……そうか」


 静かに、地上へと彼を下ろしたシリウスから、掛ける言葉はない。

 ただその代わりに、渡せるモノはある。

 彼女が左腕を広げると地面から一振りの剣が顕れ、シリウスの手に吸い込まれるように収まる。


「これをやろう。余からの餞別だ」


 彼女が言いながら、無造作に放り投げたそれは黄金の剣。しかし、時折炎を纏ったかのように明るく煌めく。

 慌てたように受け取ったミスティージャがすぐに彼女へと視線を向けると、シリウスは既にその身を翻そうとしているところだった。


「こんなの貰って、どうしろってんだよ……!」


 それは、悲痛すら覚える叫びだった。あるいは、救いを求めていたのかもしれなかった。

 だが、シリウスはそれには答えない。

 振り返り、一跳びでミスティージャの眼前に近づいたかと思えば、弦楽器のような美しい声音で囁いた。


「それをどう扱おうが、お主の自由だ。――余はお主の選択を、尊重する」


 そうして、その瞳を覗き込む。

 迷い、疲弊した目だ。


「……悪いが、余も先を急ぐ。余にはもう、選び取れるものもなくてな。一つの道を、愚直に進むことしかできぬ」


 だからこそ、見えるものもある。失って初めて、気づけることも数多に存在する。

 それらを今は、語ることはしない。自分自身でも、正しい道を歩んでいる自信はないからだ。

 だが、先達として、迷う若者に言葉を掛けるぐらいはしても良いだろう。


「――その点、お主にはまだ無数に道がある。迷ってでも、選ぶが良い。その選択が、お主を導くことになるだろう」


 達者でな、と。未だ言葉を放てないミスティージャの答えを待たずに、シリウスは足早にその場を立ち去った。

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