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【毎日0時更新】魔王の娘  作者: 秋草
第2章 過日超克のディクアグラム
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討伐祭⑥

 雨がよりその激しさを増していく。

 大広場にいる人々は口を開くこともなく、しかしその無言は感傷に浸っている故のものではない。

 ミスティージャの想いが込められた演説と、続くシリウスの魔獣へ向けたメッセージのようなもの。それらが大広場にある種の静寂を生み出していた。

 そんな人の声すら生まれない静寂の空間を埋めるのは、勢いよく叩く雨音と。

 檻に入れられた、魔獣たちの咆哮。


「お、おい! 急にどうしたんだ!」


 会場を警備する騎士が動揺の声を上げながら、魔獣たちを宥める。

 檻が揺れる。響く金属音。

 いくつも置かれた檻の中、魔獣たちが力任せに暴れ、唸りを上げる。


「何をしているんですか!」

「す、すみません! こいつら急に暴れ出して……」


 トゥワルフが眼下の騎士たちに言葉を向ける。その間も、檻を叩く音は鳴り止まないどころか、雨と共によりその激しさを増していく。

 次第に、広場を埋め尽くす人々の間に不安と警戒が滲み始める。雨のように反響するざわつきが増幅し、奏でられるそれらは最早止まらない。


「……いったい何をしたんだい?」


 混沌が加速する中、イデルガが静かにそう尋ねた。珍しく、警戒しているような余裕のない声音だ。その目は未知に対する畏怖と好奇を多分に内包して、シリウスへと注がれている。


「何、と問われれば、余はただ声を掛けただけに過ぎぬな」

「先の発言に魔獣を狂わせる魔術が込められていた、ということか……」


 彼はそう解釈し、納得しようとしていたようだが、それをシリウスは首を横に振って否定する。


「あれは魔術でも、ましてや狂わせる言葉でもない。その宿る心に、魔獣語で語り掛けたのだ。決起せよ、とな」

「魔獣語……」


 イデルガが雨音混じりにそう呟いた。その間にも、魔獣たちは檻を破らんとする勢いで檻の中で暴れ、騎士たちの怒号も次第に音量を増していく。

 歪に、不安を掻き立て、不快な金属音が耳を鳴らし続ける中、それらはやがて――


「姿かたちを魔獣形成のための核とされた人間たち。――彼らにも、反撃の機会は必要だろう」


 がしゃん、と。

 何かが砕ける音が、そこかしこで生まれる。何事かと、下を見るまでもない。

 ただ一つの叫びが、広場に轟いた。


「――お、檻が破れました!?」

「な――っ!?」


 その報告と驚嘆が示すのは、停滞していた大広場の空気の崩壊。自由になった魔獣たちを目の当たりにし、騎士たちに動揺が広がった。

 集まっていた観衆も当然、叫びを上げながら距離を取り、魔獣に脅えながら後退る。


「ぐおおおおおおおおォォォォォォ――――――!!」


 魔獣たちの咆哮がそれら悲鳴すら掻き消して、その場を恐怖で支配する。それに対して、騎士たちは剣を向けて応戦する構えを取った。


「暴れるのはそこまでだ! とっとと大人しく――」


 しかし、その言葉は魔獣の一撃により阻まれた。大人の男性と同じほどの背丈を持つ二足の魔獣が、軽々とその騎士を殴り飛ばし、続けて次々と唖然とする騎士に手を掛ける。


「ま、魔獣を止めろ――!」


 誰かの声が鳴った。それが合図となったように騎士と魔獣とで戦闘が始まった。


「こんな混乱、すぐに鎮圧されるはずだよ。キミの目論見は、残念ながら失敗に終わる」


 剣が爪や牙を打つ音。魔獣の唸り声に、人々の悲鳴。そんな中にあっても、イデルガはただ静かに、シリウスだけを見据えていた。

 この空間だけが、切り取られたように戦闘から隔絶されているような錯覚すら覚える。


「言っただろう。余はただ声を掛けただけに過ぎぬと。そこに別の意図も意志もない。……だが、お主の予想も的外れだ」

「何が言いたい?」

「簡単な話だ。お主は、この国には勝てぬのだからな」


 シリウスがそう言葉を放った直後、その耳に剣を抜く音が鳴った。


「……あなたの企みもそこまでです。魔王の娘」


 トゥワルフから向けられる剣先。それから伝わるのは、明確な殺気。下手な動きを見せれば、斬り捨てると。その意志が感じられる。

 だが――


「余は何もしない。用は、そこで高みの見物をしておるこの国の王にある」


 直後、足元が揺れる。

 木で組み上げられた処刑台に魔獣が突っ込んできたと、そう周囲が認識した時にはシリウスたちの体は宙に浮かんでいた。


「――っ!?」


 処刑台が崩れる。トゥワルフは即座に跳躍し崩落するその場から離れたが、シリウスとミスティージャはそのまま落ちていく。


「ちょっ――」


 ミスティージャは空中でもがくものの、仰向けになっていた彼の体勢からでは上手く着地の姿勢を作れていない。木片と共に落下する中、シリウスの声が静かに響く。


「さて、これで晴れて自由だ」


 彼が地面に激突する直前、ふわりとその体が落下を止めた。そのままゆっくりとシリウスの元へと着地したミスティージャの手枷が、不自然に割れて崩れていく。


「……これ、シリウスさんがやったのか?」

「ああ。余に掛かればこの程度の枷は重しにもならぬ」


 既にシリウスに嵌められていた手枷も消えている。そのことにもミスティージャは驚いた様子だったが、彼が気になったのは別の部分だった。


「そっちじゃねえ。この魔獣の騒動だ」

「無論、余の言葉が発端だ。……だが、先ほどもイデルガに言った通り、余が命令したわけではない。あくまでも、心に訴えかけただけだ。その結果、反旗を翻して戦ってくれておる。――しかし、どうやら余の声を正常に認識せぬ者もおるようだ」

「え……?」

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