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魔王の娘  作者: 秋草
第2章 過日超克のディクアグラム
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ハウンドの長、ダクエル⑥

『――俺は、この国が好きだ』


 それは声質の機微すら損なわれた、個人を特定できない音声だった。若い男性が喋っていると辛うじてわかるぐらいのもので、誰がそれを話しているのか判別つかないはずだった。

『――上層部も下層部も関係ねえ。等しく、好きなんだ。……俺の父様もそうだった』

「……ミスティ王子だな」


 しかしダクエルは確信を持って、その声に耳を貸す。何度も聞いた声を、間違えるはずもなかった。


『――だから、今のこの国はちょっと好きじゃねえ。下層部も含めて、全部がディアフルンの住民だ。俺は、下層部の人たちも、平等に扱いてえ』

「なんだ、この放送は……。こんなもの聞かされてませんぞ!」


 苛立ちを隠す様子も見せず、ラベレは頭を抱えて蹲った。だが、声は止まない。熱を帯びた、感情震わすミスティージャは、この都市全体に呼び掛ける。

『――もちろん、上層部も蔑ろにするわけじゃねえ。ただ、知ってほしいんだ。下層で、自由のない暮らしをしてる人間がいるってことも』

「ミスティ王子……」


 彼の言葉が、思考を澄み渡らせる。ダクエルとミスティージャとの付き合いは、それなりに長い。当然、交わす言葉も多く、彼の想いに触れる機会も、それなりにあった。

 彼は、この国を愛していた。下層部や上層部など関係なく、貧富の差や身分、階級を無視して、分け隔てなく住民たちと接していた。それはミスティージャの父の背中を追い掛けた結果なのだろう。


『――生きるさ。生きなきゃ、いけねえんだ。この国を背負えるのは、俺しかいねえんだからよ』


 だから、彼の言葉からは噓偽りを感じられない。力強く、逞しく、清廉で、実直。

 本心を語るそのノイズには、この国を背負う覚悟が滲んでいた。


 ――彼は、心の内を見せてくれた。


 ならば、それに応える必要がある。追随する義理があり、彼の剣となる本意がある。


『――邪魔なんだよ、勇者イデルガ。俺たちの国で遊ぶんじゃねえ!』

「――!」


 その声に押されたように、ダクエルはその身を前方に弾かせた。そのまま、蹲るラベレの身柄を拘束する。


「ぐっ……! こんなところで、終わらんぞ!」


 ただし、彼のその往生際は悪く、身を捩らせ手足をばたつかせる。


「大人しくしろ。さもなければ、少し痛い目を見てもらう」

「止めろ! この世界で貴重な頭脳だぞ! もっと丁重に扱わんか!」

「それはできな――」


 否定の言葉を口にしようとしたが、ダクエルはそれを最後まで紡げない。


「……っ!?」


 咄嗟に、その身を後退。一瞬遅れて、ダクエルがいたその場所を何かが掠めていった。即座に、剣を構えてその前方へと視線を注ぐ。


「な……っ!?」


 そこにいたのは、見上げるほどの巨体。肌を銀の鱗に覆われており、四肢は爬虫類のように細長い。そして部屋を覆うほどの巨翼を持つその魔獣は、鳥のようにも蝙蝠のようにも見える。

 だが、そんな特徴はどうだって良かった。

 ダクエルが息を呑んだ理由は、その巨体の胸部と、二又に別れた頭部にある。


「おお! スキラス! 目覚めたか! 丁度いいタイミングだな!」


 ラベレが四つん這いで見つめるその先。

 彼が呼んだその名前。

 ダクエルはそれらに、見覚えがありすぎた。


「その頭……、ミスティ王子の……!」


 長い首がゆらりと蠢いて、頭部が灯りに照らされる。

 人のような耳を持ち、人のような目鼻立ち。髪の毛すら生えていて、生きた人間をそのまま挿げ替えたような、悪意の塊。

 双頭の先にあるその顔の主は、ミスティージャの両親のモノだった。


「そうだ! これがワシの最高傑作! 頭部にスキラス家の王と王妃、そして体にその娘を使用した!」

「……っ! お前は人の命を……! 魔獣たちのことをなんだと思っている!」

「命が惜しくて研究の成果など出せん! ワシにとって成果とは、そこらの血よりも尊いものだ!」


 怒りと憎しみで全身が震える。

 こんなことが許されていいはずがない。この研究者には、最早何を言っても無駄だ。改めて立ちはだかる、眩暈すら覚えるほどの醜悪を、ダクエルは睨みつける。

 ミスティージャの両親はそれぞれ首を動かして、白い目でダクエルの様子を窺っているようだ。そして、体として使われておりその顔が胸部に残された彼の妹は、目を閉じたまま身じろぎ一つしない。


「本当は、仮面でも付けさせて討伐祭で初披露とするつもりだったが、この際もうどうだっていい! 殺せ! ダクエルとかいう思い上がった女を! 今すぐに!」


 それに呼応するように、魔獣は二つの口を開いた。

 そこに集まるのは生成された魔力。白い輝きを放つそれは、瞬く間に肥大化し、光線として解き放たれた。


「――っ!?」


 即座に跳躍して、直撃を避ける。その光線は着弾と同時に、破壊を生み出す爆風へと変わった。

 すぐに体勢を整えて魔獣を見据えるが、連発はできないようだった。

 それどころか、その口元からは血のようなものが滴っている。

 体の方が耐えきれていないように、ダクエルには映ってしまう。


「ちぃっ! ちょこまかと避けよる……! おい、スキラス! もっとちゃんと――」

『――ああ、これで聞こえておりそうだな。――初めまして、余はレ=ゼラネジィ=バアクシリウスという』


 やがて、再び鳴り響くノイズ音。そこに重なる少女の声は、落ち着いていて、しかし風格さえ感じられた。


お読みいただきありがとうございました!


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