ハウンドの長、ダクエル⑥
『――俺は、この国が好きだ』
それは声質の機微すら損なわれた、個人を特定できない音声だった。若い男性が喋っていると辛うじてわかるぐらいのもので、誰がそれを話しているのか判別つかないはずだった。
『――上層部も下層部も関係ねえ。等しく、好きなんだ。……俺の父様もそうだった』
「……ミスティ王子だな」
しかしダクエルは確信を持って、その声に耳を貸す。何度も聞いた声を、間違えるはずもなかった。
『――だから、今のこの国はちょっと好きじゃねえ。下層部も含めて、全部がディアフルンの住民だ。俺は、下層部の人たちも、平等に扱いてえ』
「なんだ、この放送は……。こんなもの聞かされてませんぞ!」
苛立ちを隠す様子も見せず、ラベレは頭を抱えて蹲った。だが、声は止まない。熱を帯びた、感情震わすミスティージャは、この都市全体に呼び掛ける。
『――もちろん、上層部も蔑ろにするわけじゃねえ。ただ、知ってほしいんだ。下層で、自由のない暮らしをしてる人間がいるってことも』
「ミスティ王子……」
彼の言葉が、思考を澄み渡らせる。ダクエルとミスティージャとの付き合いは、それなりに長い。当然、交わす言葉も多く、彼の想いに触れる機会も、それなりにあった。
彼は、この国を愛していた。下層部や上層部など関係なく、貧富の差や身分、階級を無視して、分け隔てなく住民たちと接していた。それはミスティージャの父の背中を追い掛けた結果なのだろう。
『――生きるさ。生きなきゃ、いけねえんだ。この国を背負えるのは、俺しかいねえんだからよ』
だから、彼の言葉からは噓偽りを感じられない。力強く、逞しく、清廉で、実直。
本心を語るそのノイズには、この国を背負う覚悟が滲んでいた。
――彼は、心の内を見せてくれた。
ならば、それに応える必要がある。追随する義理があり、彼の剣となる本意がある。
『――邪魔なんだよ、勇者イデルガ。俺たちの国で遊ぶんじゃねえ!』
「――!」
その声に押されたように、ダクエルはその身を前方に弾かせた。そのまま、蹲るラベレの身柄を拘束する。
「ぐっ……! こんなところで、終わらんぞ!」
ただし、彼のその往生際は悪く、身を捩らせ手足をばたつかせる。
「大人しくしろ。さもなければ、少し痛い目を見てもらう」
「止めろ! この世界で貴重な頭脳だぞ! もっと丁重に扱わんか!」
「それはできな――」
否定の言葉を口にしようとしたが、ダクエルはそれを最後まで紡げない。
「……っ!?」
咄嗟に、その身を後退。一瞬遅れて、ダクエルがいたその場所を何かが掠めていった。即座に、剣を構えてその前方へと視線を注ぐ。
「な……っ!?」
そこにいたのは、見上げるほどの巨体。肌を銀の鱗に覆われており、四肢は爬虫類のように細長い。そして部屋を覆うほどの巨翼を持つその魔獣は、鳥のようにも蝙蝠のようにも見える。
だが、そんな特徴はどうだって良かった。
ダクエルが息を呑んだ理由は、その巨体の胸部と、二又に別れた頭部にある。
「おお! スキラス! 目覚めたか! 丁度いいタイミングだな!」
ラベレが四つん這いで見つめるその先。
彼が呼んだその名前。
ダクエルはそれらに、見覚えがありすぎた。
「その頭……、ミスティ王子の……!」
長い首がゆらりと蠢いて、頭部が灯りに照らされる。
人のような耳を持ち、人のような目鼻立ち。髪の毛すら生えていて、生きた人間をそのまま挿げ替えたような、悪意の塊。
双頭の先にあるその顔の主は、ミスティージャの両親のモノだった。
「そうだ! これがワシの最高傑作! 頭部にスキラス家の王と王妃、そして体にその娘を使用した!」
「……っ! お前は人の命を……! 魔獣たちのことをなんだと思っている!」
「命が惜しくて研究の成果など出せん! ワシにとって成果とは、そこらの血よりも尊いものだ!」
怒りと憎しみで全身が震える。
こんなことが許されていいはずがない。この研究者には、最早何を言っても無駄だ。改めて立ちはだかる、眩暈すら覚えるほどの醜悪を、ダクエルは睨みつける。
ミスティージャの両親はそれぞれ首を動かして、白い目でダクエルの様子を窺っているようだ。そして、体として使われておりその顔が胸部に残された彼の妹は、目を閉じたまま身じろぎ一つしない。
「本当は、仮面でも付けさせて討伐祭で初披露とするつもりだったが、この際もうどうだっていい! 殺せ! ダクエルとかいう思い上がった女を! 今すぐに!」
それに呼応するように、魔獣は二つの口を開いた。
そこに集まるのは生成された魔力。白い輝きを放つそれは、瞬く間に肥大化し、光線として解き放たれた。
「――っ!?」
即座に跳躍して、直撃を避ける。その光線は着弾と同時に、破壊を生み出す爆風へと変わった。
すぐに体勢を整えて魔獣を見据えるが、連発はできないようだった。
それどころか、その口元からは血のようなものが滴っている。
体の方が耐えきれていないように、ダクエルには映ってしまう。
「ちぃっ! ちょこまかと避けよる……! おい、スキラス! もっとちゃんと――」
『――ああ、これで聞こえておりそうだな。――初めまして、余はレ=ゼラネジィ=バアクシリウスという』
やがて、再び鳴り響くノイズ音。そこに重なる少女の声は、落ち着いていて、しかし風格さえ感じられた。
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