討伐祭④
「やあ、また会ったね。お嬢ちゃん」
「げ……」
振り返った視線の先、というかすぐ目の前に現れた一人の男。黒い帽子に赤色の派手な服を着た彼は胡散臭い声音に妖しい笑みを浮かべて、シャーミアを出迎えるように立っていた。
この街の武器屋で出会った青年。名前は確か――
「えっと、クェルクルフ……だっけ? 何か用?」
「用事がないと話しかけちゃダメだったかな?」
「あたしたち、そこまで親しくないと思うんだけど」
ギルドを経営するクェルクルフには借りがある。あまり無碍な態度を取りたくはないが、この男の性格や雰囲気がシャーミアは苦手だった。だから、自然と突き放すような言葉で接してしまう。
「なら、これから仲良くなっていこう。大丈夫。俺に任せてくれればいいから」
しかし、クェルクルフはそのシャーミアの態度を気にも留めていない様子で、ニコニコと笑っている。
彼のこうした、何を考えているか読み取れない仕草が、いまいちクェルクルフを信用できない要因だったりする。
「……というか、アンタ暇なの? 仮にも偉い人間なら、こんなよくわかんないやつに付き纏う時間はもったいないと思うけど」
「生憎と、まったく暇じゃない。こうしている間にも、経営者としての仕事が積もっていってるだろうね」
このギルドは大丈夫なのだろうか。
他人事のようにそう言い、肩を竦めるクェルクルフを見ていると、本当にギルドを経営しているかどうかも疑わしくなってくる。
「言っただろ? これは俺が好きで、自分のためにやってることだ。俺は、自分の不利益になるようなことはしない主義でね」
「ふーん……。こうやって街をぶらついて、あたしみたいな人間に話しかけるのが、有益なことなの?」
「お嬢ちゃんを見かけたのは本当に偶然。俺の目的は、今日この日にある」
「討伐祭? なんとなく、祭りとか興味なさそうだと思ってたわ」
彼の視線がシャーミアから外れる。向けられるのは、彼女の遥か後方。この城の中央にそびえ立つ、王が住む城へと注がれているようだ。
「他国の祭事には興味はないね。もちろん、お嬢ちゃんのような美人とデートできるなら、祭りを利用しない手はないけど」
「はいはい。そうやって適当なことばっかり言ってると信用なくすわよ?」
「ひどいな。これでも本気なんだけど?」
言葉でどれだけ取り繕っても彼への信用が上がることはないだろう。いい加減、彼に対してある程度雑な対応を取っても罪悪感が湧いてこなくなった。もちろん、短剣の修繕費を立て替えてくれたクェルクルフへの感謝は忘れないが、こうも接し辛い調子でいられると、その感謝の念も薄れてしまう。
それすらも、彼は弄ぶ。自らを容易に犠牲にして、その心の奥底をひた隠しにする。
クェルクルフを呆れた目で見ていると、耳にノイズ交じりの雑音が届いた。
『これから大広場にて、討伐祭のメインイベントを行います。皆さま、お誘いあわせの上――』
その無機質な声が、通りを駆け抜けて響き渡る。それを聞いた通行人たちは、思い出したように大広場がある方角へと向かい始めた。
「今のなに?」
「魔道具の一種だろうね。街全体に魔道具を仕込むことで、一か所で発せられた声を拡散させる。これだけ広いと、有用だろう。……さて、俺も行かなくちゃ」
形成された人の流れに合流するように、クェルクルフは歩き始める。しかしすぐに、何かを思いついたように振り返り、被った帽子を胸の前に翳してシャーミアと向かい合う。
「お嬢ちゃん、良ければご一緒にいかがかな?」
彼はその瞳をまっすぐに向けている。笑みは崩さないが、決してそれが軟派なものではないことはわかる。
しかし、それがしっかりと伝わった上でやはり、シャーミアは首を横に振った。
「悪いけど。これから忙しくなる予定なのよね」
「……お嬢ちゃんも、祭りを楽しみに来たようには見えないけどね。目的は、別にあるんだろう?」
見透かされている。ただ、完全に看破されているわけではない。彼には自分がこの街を訪れた理由も、冒険している理由も明かしていない。
シャーミアは一人の女の子の姿を、思い描く。紅蓮の髪を靡かせて、蒼空を想起させる無垢な瞳を瞬かせる、無表情な彼女。
殺そうとしている相手にも、優しく手を差し伸べてくるよくわからない仇相手。
「――そうね。あたしの目的は、復讐なの。その相手が、この国で捕まってる」
「それは都合がいいじゃないか。お嬢ちゃんが何もしなくても、その相手は死ぬんじゃないかい?」
「そう簡単に死なないし、相手も死ぬつもりないから困ってるのよ……。あたしの実力じゃ到底勝てないし」
復讐を果たそうとしている彼女に、並ぼうとも思っていない。そこまでおごっていないし、短期間で追いつけるわけもないことは理解している。
少しでも、彼女に食らいつく。そのために、シャーミアは彼女への復讐よりも今のところは自己の鍛錬を優先する。
彼女に刃を向けるのは、その後だ。
「そうかい。それは、忙しそうだね」
眉を下げて困り顔を作ってみせる。ただその声音には無念のかけらも乗っていない。感情と表情が一致していない彼を見てげんなりとしてしまうが、少しだけ彼の真意を探りたくなる。
「というか意外ね。わざわざシリウ――、魔王の娘の処刑を見に行くなんて。そんなに興味あるの?」
「ああ、違うよ」
「違う? 何がよ?」
大広場に行くと思っていたのだがそうじゃないのだろうか。シャーミアの疑問に彼は何気なく告げる。
「俺が用事があるのは、勇者の方さ。一度、見ておきたくてね」
「勇者を見て、何かあるの?」
「……さあ。どうだろうね。何か得られるかもしれないし、何も得られないかもしれない。でも、俺にとって多分、どっちでもいいことなんだと思う。それを確かめるために、見に行くのさ」
彼は再び帽子を被る。目深に被るとその視線がわかりづらく、ただでさえ読めないクェルクルフの思考が一段と読めなくなってしまう。
「それじゃあ、また会おう。シャーミアちゃん」
踵を返して、彼は人混みに紛れて消える。あれだけ派手な見た目をしているのに、あっさりとその姿を見失って、シャーミアは空を見上げた。
今にも雨が降り出しそうな、曇天だ。
心なしか、風も強くなってきた。
「ひと雨来そうだな」
「……そうね」
シャーミアは纏う外套を羽織り直し、できる限り顔を見られないような出で立ちとなる。
これから大広場に向かう。そこには多くの人がいて、騒ぎが起きないように騎士も配備されていて。
そして、シリウスとミスティージャの処刑が、行われる。
「急ぐぞ。騒ぎになる前にな」
「わかってるわよ」
ヌイに小声でそう返答しながら、外套を翻したシャーミアもまた人の波に呑まれる。
祭りの熱気は、さらに高まり。
討伐祭の大広場へと流れ込んでいく。
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