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魔王の娘  作者: 秋草
第1章 未来拒絶のクアドログラム
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魔王の娘とウェゼンの孫、シャーミア①

 カルキノス国。


 魔王領に隣接している国の一つである。と言っても、魔王領は地続きの大陸にあるわけではなく、一つの島国であるので、海を挟んだ向こうにカルキノス国はあった。

 その国は魔王領に面している海岸線はろくに開拓もされておらず、荒れ果てていて小さな港が一つあるぐらいだが、そこから南下し山を二つほど越えると緑が姿を現し始める。


 カルキノス国に特に著名な観光資源はないものの、牧歌的な雰囲気と魔王領に近い北部を除けば暮らしやすい地域も多いため、移民が多い。

 人が増えれば、経済も回る。やがて国の市街地は栄え、大国として名を連ねるようになった。


 そして、この国にはかつて魔王を討伐した勇者連合軍の四番軍隊を率いた勇者、アルタルフがいる。シリウスはその勇者に用事があるわけだが、彼がいるであろうこの国の中心地ではなく、その手前にある小さな村に立ち寄っていた。


「ここがウェゼンの故郷か」


 目的はただ一つ。ウェゼンの最後の頼みを遂行するためだ。

 村は特別、賑やかさや華やかさもなく、しかし人々の活気がないわけでもない。木造の家屋がまばらに点在し、農作業をする人や、舗装もされていない道を走る子どもたちが長閑に映る。


 緩やかな雰囲気を全身に感じながら、さてどうしたものかと考える。

 シリウスはウェゼンの孫とやらを知らない。ずっと魔王城跡地で暮らしていたから当然のことなのだが、人探しをしようにも特徴すら把握していないのでは探すものも探せないだろう。


「困った。ウェゼンに容姿だけでも聞いておくべきだったな」

「……お嬢さん。いま、ウェゼンと言ったかの?」


 道端で思案していると背後からしわがれた声が掛かった。振り向けば、その声に相応しい歳を召した老翁が杖をついて立っている。

 その彼の表情はと言えば、戸惑っているようで、しかしどこか嬉しそうに見えた。


「うむ。ここが彼奴の故郷だと聞いてな。訳あって、その孫を探しておる。失敗したことに特徴や名前を聞きそびれてな。お主、知らんか」

「知っているが……。その前に一つ。ワシはこの村の村長をやっている。アイツとは友人での。アイツ、ウェゼンはどこで何をしているのか、知っているか? 孫の世話を放ったらかしにして、もう一年は帰ってきておらん」

「……そうか、そうだな。ウェゼンを待つ者も、当然おるか」


 虚空を見上げて、頭の中を整理する。シリウスはウェゼンの老魔術師としての側面しか知らない。知ろうとしてこなかったし、それでいいと思っていた。

 しかし、これまで彼が築き上げてきた歩みを、改めて観測することになるだろう。

 そしてその歩みを終わらせたということも、伝えなければならない。


「ウェゼンは死んだ。余が、殺した。余がいなければ、きっともっと永い生を得られるはずだったかもしれぬな」

「……そう、か」


 老翁は目を見開いて、そう言葉を溢した。どう感情を表せばいいか迷っている様子で、すぐに目を伏せる。


「すまないな」

「……いや。何か事情があったことは、分かる。お嬢さんは、ただの人殺しでもない、とも思えるしの。だが、ああ……。こうなることなら、もっと話しておけば良かったの」


 杖を持つその手が震えている。言葉の端々から、込み上げる感情を嚙み殺していることが伝わる。

 やがて、顔を上げた彼の表情からは未だ翳りが見えるものの、しかしどうやらウェゼンの死を受け入れた様子だった。


「すまん。歳を取るとどうにも涙腺が緩んでしまうのう。――それで、ウェゼンの孫を探しているんじゃったか。……申し訳ないが、彼を殺した者を、その孫に会わせることは難しい」

「……当然の警戒だな。人殺しの要求を馬鹿正直に呑む人間などおらぬだろう」

「いや、ワシ個人としては会わせてやっても良いと思っているよ。その髪飾り――」

「これが、どうかしたのか?」


 左手で、紅蓮の髪を留めている羽の意匠のそれに触れる。随分と値打ちモノだとは思っているが、何か特別なものなのだろうか。

 首を傾げるシリウスに、村長は微笑み頷いた。


「――かねてより、アイツは後継者を探していたようでな。その髪飾りは、ウェゼンが実力を認めたその者に手渡すと、そうワシは聞いている。故に、お嬢さんは信頼に足るとそう判断できるわけじゃ」

「そのようなことでいいのか? 余がウェゼンから強奪した可能性もあるだろう」

「そんな半端な者に、アイツは殺せんじゃろう。お嬢さんが、そんな野蛮なことをするようにも見えんしな」


 この村に流れる雰囲気のように、生温い信望だと思うシリウスだったが、信用してくれるのであれば話は早い。


「では、余の身柄が担保されておるとして、何が問題だと言うのだ? 村長が快諾するのであれば、他に障害はないだろう」

「ウェゼンの孫本人が会ってくれない可能性がある。もちろん、ワシから説明はするつもりじゃが……」

「それもそうか。肉親を殺した張本人に会う理由もない。だが――」


 ここで足踏みをしている時間が惜しい。ウェゼンには悪いが、会話の余地すらない場合はシリウスにはどうしようもない。

 そうなった場合、彼の望みは叶えられないことになるが、仕方ないだろう。


「案内してくれ。説得は、余も試みてみよう」

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