討伐祭
その日は、太陽の陽射しすら届かない分厚い鉛色の雲が天を覆う日だった。
祭り日和かと言われると、決してそうではないと答えられるほどに、今にも雨が降り出しそうな朝だったが、そんなことは関係なく、街は人で溢れかえっていた。
討伐祭。
その名前が示す通り、この日はサンロキアで狩られた魔獣の数が発表される日だ。昔はその功績を称えて、向こう一年の討伐祈願を含めた祝いの場だったようだが、今となってはそれは形骸化している。
魔獣同士の決闘を賭ける催しが開かれたり、無力化した魔獣に触れることができたり、実際に魔獣と戦える、というイベントスペースまで設けられている。
魔獣の狩りで成り立った国だ。時代が変わればそうした内容にもなってくるのだろう。
そういった危険と隣り合わせの催しをするという、ある種物珍しさもあるからか、この日に都市を訪れる人々は多い。
商人や魔獣との戦闘に縁がない人物からすれば、危険も少なく魔獣のことを知れる良い機会と言えるのかもしれない。
金だけを持て余した老人や、好奇心旺盛な子ども。幸せそうな夫婦など、純粋に祭りを楽しみに来ている来場者が多く映る。
色とりどりの紙吹雪が舞い、賑やかな声が随所で上がる中、一羽の小鳥が一人の女性の近くに舞い降りる。
そこは歓声起きる上層部とは、正反対の場所。
下水の臭いと生暖かく湿った空気が気持ち悪い。旅行客が目を向けることのない、下層部。そこに水色の髪を揺らす女性と、屈強な男たちが複数人。皆、武器を構えて物々しい雰囲気を醸し出している。
「弟の話によると、この下水道からも地下へと通じているらしい。私は弟が出てきた方の道から入るが、くれぐれも気を付けてことに当たってくれ」
「おう!」
その言葉と共に、男たちは慎重に下水道へと入っていく。残されたのは水色の髪色の女性と、一羽の小鳥。
はあ、と。大きく息を漏らす彼女の肩に、その小鳥が飛び乗った。
「……ふふ。どうした?」
「順調そうじゃな」
「――っ!? なん――っ!?」
撫でていた小鳥からまさかの渋めの男性声が放たれて、女性は思わず飛び退いてしまう。
この場には自分以外いないはずだ。しかし明確に、人の言語が耳に飛び込んできた。本当に小鳥が喋ったのか、事実を確認しようと依然として肩に居座るそれを見る。
「そう驚くな。オレじゃ、ファルファーレじゃ」
「え? ファルファーレ、か?」
深い藍色の髪をした、コートを羽織った男性を思い起こす。確かに冷静に思えば声は彼のモノだった。
「今は片目を通じてこの小鳥と視界を共有してるんじゃ。声はあくまでも、魔術によるものじゃがな」
「そうだったのか。さすがに驚いたな……」
「すまん、驚かせるつもりはなかったんじゃ。……それで、ダクエル。お前さん、地下から入るつもりか?」
ダクエルはそう言われて、男たちが入っていったその下水道へと視線を向ける。今もなおそこからは少量だが汚水が流れ出ており、その先は奥すら見通せない暗闇が続いていた。
「そうだ。まずは、地下で行われている非人道的な実験行為の証拠を見つける。弟の話によれば、今もまだ実験は続けられているらしいからな」
「地下にはオレの目が届かん。サポートしたいところじゃが……」
「大丈夫だ。我々『ハウンド』は、そこらの魔獣にやられるようなヤワじゃない」
先に入った男たちも、元々騎士団に所属していた連中で、それなりに腕も立つ。都市から離れた集落で魔獣の襲撃を耐えて、数年。ここにいる騎士たちよりも、実戦経験は多いだろう。
戦力に関してはサポートもいらないと、ダクエルはそう判断していた。
「……わかった。念のため、この小鳥も連れて行ってくれ。何かあった時の、連絡用じゃ」
「そうか。助かる」
彼女は短く、そう言った。
ついに、今日で終わるのだ。イデルガの悪行を暴いて、元のサンロキアを取り戻す。全身が、熱を帯びるのを感じる。
同時に、震えも。
自分が失敗するわけにはいかない、という重責。万が一、作戦が上手くいかなかったら。そう思うと、足が竦みそうになる。
だが、もう前へと進むしかない。
自分一人、尻込みしているわけにはいかない。
「気負うなよ?」
「……!」
傍らの小鳥が、そう声を掛けた。彼も感じ取れてしまうほどに、表情に出てしまっていただろうか。
「大丈夫じゃ。この国には、オレの妹がおるからな。最悪の結末には、ならんじゃろう。……お前さん一人で戦っておるわけじゃない。オレも、シャーミアも、全員がついておる」
「……そう、か。――そうだな」
改めて、深呼吸を繰り返す。早鳴っていた鼓動は、少しだけ落ち着きを取り戻したようだった。
心の迷いは、剣の迷い。
いざ魔獣を相手にした時、その相手を斬ることができるのか。
恐らく、人間を使われて創られた魔獣を、この手に掛けることができるか。
結論は、まだ出せない。
「だが、やるしかないな」
「ああ。地下にある証拠集めは、任せる。どうにか午後に、間に合うといいんじゃが……」
「……? 午後からは、確か――」
討伐祭の催しを思い出す。朝はオープニングセレモニーがあり、大広場で歌やら踊りやらを披露した後、午後一番に予定されているのは今回のメインイベント。
ミスティージャとシリウスの処刑だ。
「オレの妹が処刑されるわけないからな。まず間違いなく、大騒ぎになるじゃろう」
「……なるほどな。それは、確かに大事になりそうだ」
何が起きるのか想像も尽きないが、混迷を極めることは確かなようだ。ファルファーレの予想を全面的に信頼しているわけではないが、何故だかダクエルもそう思えた。
「私は、私にできることをしよう」
「そうじゃな。――武運を祈る」
「そちらもな」
これが運命の分かれ道。何を選んでも、どう転んでも、その選択を後悔しない。
ダクエルは、自らが担当する地下への入口へと向かうため、その足を進める。
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