新聞記者フネッディ=ラクサムの受難 後編
「おおおおおおおおおおおおっ!? 俺の腕がああああああ!!」
「悪い。そこまで見ておらんかった」
情けなく喚く騎士に対して、青年は悪びれる様子もなく頭を掻いた。
およそ、人間が有しない黒い大翼。それ以外は全て人間らしいのに、それ一つで人間であることを否定している。
彼は――
「おまっ――! もっと誠心誠意謝れ馬鹿野郎! 骨折れてるって、これ! 大体、誰なんだよ!」
「だから悪いと言うておるじゃろ。不運な事故じゃ、諦めろ。……それと、お前さん方のような外道に名乗る名はない」
彼は肩を竦めて見せ、騎士の反応をいちいち意に介さない。
何故だろうか。相手を一人戦闘不能にしたとはいえ、未だ周囲には騎士が取り囲んでいる状況。圧倒的に不利な状態であるにもかかわらず、先ほどまであった絶望感は薄れていた。
それはフネッディ自身も、彼が見せる余裕の態度に感化されたからか。
ともかく、冷静に翼を有する男と騎士たちのやり取りを見ることができている。
「あ、コイツあれですよ! イデルガ様の下から逃走したっていう――」
「……ああ? 確かいたな。ファルファーレだっけか? いつつ……」
「ええ、そうです。創られた魔獣、魔王の子の第十子ファルファーレ。こんなところにいたとは……」
創られた魔獣? 魔王の子、第十子?
フネッディは目の前の青年を改めて見やる。確かに普通の人間ではないが、羽さえなければ気の良さそうな人物だ。魔獣だと言われても、ピンとこない。
「……兄ちゃん。オレの背中に隠れろ」
僅かに振り返って、その瞳がフネッディに触れる。
なんと優しい瞳なのだろう。自分がこれまで見て来た魔獣は全て、自らの意志を持たない、人形のような存在ばかりだった。
だが、彼はこの街の誰よりも優しく、そして暖かい目を湛えていた。
「ちょうどいいじゃねえか。コイツとその後ろのヤツも連れ帰っちまおう」
その言葉を皮切りに、騎士たちが襲い掛かる。
咄嗟に、フネッディはその身を竦ませた。いくら助太刀が来たところで、たった一人。ぐるりと取り囲む騎士の手からは、どうあっても逃れられない。
だが――
「うわっ――!? なんだ!?」
「カラスか!? どこから来やがった!」
いつの間にか、大量のカラスの群れが騎士たちを襲っていた。騎士も剣で追い払うものの、それをカラスは賢しく躱し、またも騎士を攻撃する。
陣形は崩れた。今なら容易に逃走できるだろう。
しかし、ファルファーレと呼ばれた魔獣は逃げようとせず、カラスの対処に追われる騎士を一人ひとり打ちのめしていっている。
「悪いのう。今度またエサを狩ってやるからな」
「「「「カァーー!!」」」」
何故だかカラスと会話までしている始末だ。
そうして、六人ほどいた騎士たちを全員黙らせたファルファーレは、カラスたちにお礼を言って、騎士が持っていた荷物を漁り始める。
「あ、あのう……。助けてもらってありがとうございましたっす……!」
「ああ、礼なぞいらんぞ。たまたま、鳥の目で見て、たまたま助けられる位置にいた。それだけのことじゃからな。……おお、これで良いな」
「あの……、何を……?」
「ん? コイツらが目を覚まして、オレやお前さんが追われても困るからな。討伐祭が終わるまでは、ここらの空き家で大人しく寝てもらう必要がある。そのための、麻袋じゃ」
彼はそう意気揚々に言うと、手際よく気絶している騎士たちを麻袋に詰めていく。そうしてそれを下層部の手頃な民家に放り込んで、満足げな表情を見せた。
「ふう、片付いた片付いた」
「……こんなことして、大丈夫なんすかね……」
「……何故じゃ?」
「何故って……」
この国の兵士である騎士に無法を働いた挙句、それを軟禁しているなんて知られれば、極刑は免れないだろう。そう思っての発言だったが、当のファルファーレはと言えば何がダメだったか分からない様子で、首を傾げている。
「当たり前じゃないっすか! 国を守る兵に手を出すなんて、普通はやっちゃダメなんすよ!?」
「そりゃあ普通はそうじゃろうが……。なら、お前さん。大人しく捕まっていたかったのか?」
「……いえ、そういうわけじゃ、ないっすけど……」
確かに彼が来なければ今こうして話をすることも、自由に息をすることもできていなかったわけだが、どうにもこれまでの常識がフネッディの思考の邪魔をしてくる。
それを見て何を思ったのか、ファルファーレが溜息を吐いて首を振った。
「……何が正しくて、何が悪いかはお前さんの目で判断すりゃいいんじゃ。オレからは何も言わん。ただ、お前さんが見たものは事実で、国がそれに絡んでいるということは、忘れるなよ」
そう言って彼は立ち去ろうとする。
それをフネッディは、反射的に彼の手首を掴むことで止めた。
「あ、あのっ! 良ければ取材させてくれないっすか!?」
「は? 取材じゃと?」
鳩が豆鉄砲を食ったような。目を丸くする彼のことを、半ば無視してフネッディは組み付く。
「あなたが魔獣だってこととか、この国で何が起きてるかとか、色々と知ってそうだったじゃないっすか! それに魔獣と話すのも初めてなんで、色々聞きたいっす!」
「いや、悪いがな、そんな時間はないんじゃが……」
「お願いっす! 頼むっす!」
「だから、無理じゃ! 離さんか!」
無理やり引きはがそうとするファルファーレに、意地でもしがみつく。
騎士に追われる心配が無いのであれば、事が発覚する前に記事を書いてしまえばいい。ちょうど詳しい参考人も目の前にいる。
ここにきて、フネッディに宿ったのはジャーナリズムの精神だった。
「この――っ」
「あっ――」
勢いよく手を振り払ったファルファーレは、そのまま翼を羽ばたかせ宙を舞う。しかし、フネッディもそのまま逃がしはしない。なんとか地面から離れていく彼の足首を掴んで、自身もまた宙に浮かぶ。
「こらっ! 何してる!? 危ないじゃろ!」
「嫌っす! 死んでも離さないっすから!」
「死んだらオレが助けた意味がなくなるじゃろ!」
浮遊感に体が強張るが、後悔はしていない。このまま地面に叩きつけられるのは嫌だが、何故だかそうならない自信があった。
「まったく……」
「……あれ? 足が着くっす」
「あのまま飛んでたら本当に落ちるかもしれんからな。仕方なく、お前さんの話を聞いてやろうと思っただけじゃ」
困ったような顔を見せる彼に申し訳なさを感じるものの、せっかく掴んだスクープの気配を逃す手はない。
フネッディは先ほどまで自分が危ない目に遭っていたことも忘れたように、子どものように無邪気に笑ってみせる。
「ご協力感謝するっす! 良ければ俺が泊ってる宿で記事書きながらお話聞きたいんで! こっちっす!」
子どもというよりは元気な子犬のように、駆けていくフネッディをファルファーレは困り眉で追い掛ける。
きっとファルファーレは、夢にも思わなかったことだろう。
この彼の取材が、討伐祭当日にまで及ぶことになろうとは。
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