新聞記者フネッディ=ラクサムの受難 前編
新生国家サンロキア。
元々は国家サンロキアでしかなかったのが、その国のトップが代替わりしたことによって新生国家と生まれ変わったらしかった。
それがおよそ五年ほど前の出来事。具体的に何が変わったのか。何度かこの国を訪れているものの、大きく変わった部分を見出せていない。
「ねえ、ゆうしゃさまはいつみれるの~?」
「明後日には観れるわよ。良い子にしてたらね」
そんな会話をしながら、親子が通り過ぎていく。そう、勇者だ。この国は魔王を討ち取った勇者の一人、イデルガが治めている。
ぜひ一度ぐらいはインタビューさせてほしいものだが、生憎この五年で話す機会は一度も訪れなかった。
今年こそ、と。そう意気込んで毎年討伐祭の時期に訪れてはいるが、去年と同じような結果になるのは目に見えている。
「そろそろスクープ上げないとっすねえ……」
そう一人溜息を吐いて、彼、フネッディ=ラクサムは足取り重く通りを歩いていく。
彼の職業は新聞記者。まだまだ駆け出しであり、何か一つでも大きな記事を持ってこいと言われてサンロキアを訪れているのだが、その進捗は芳しくない。
もう何度も記事の進捗について、上司である局長から怒りの手紙を受け取っていて気が滅入ってしまっている。
「記事になりそうなのは、これぐらいかなあ……」
立ち止まり、目を向けるその場所には櫓のようなものが建造されていて、その櫓の上には物々しいギロチンが設けられている。
そこはこの大都市ディアフルンでもっとも人が集まる大広場。例年であればそのような大規模な櫓など建造されないはずだが、今年はある催しが控えている。
「魔王の娘、なんて。本当に生き残ってたんすかねえ」
フネッディはその手に持つ紙へと視線を落とす。そこには魔王の娘を名乗る魔獣を捕らえたことと、その処刑を討伐祭に行うというものだった。
もしこれが真実だとすれば良い記事が書ける。フネッディとしては半信半疑ではあったが。
ただ局長が文句言わなければそれでいい。納得してくれるかどうかは置いておいて。
故にフネッディは念のため、局長からボツを食らっても良いように別の記事を考えておきたかった。
そのためにこうして街をうろついているのだが――
「平和そのものっすねー……」
それ自体は良いことだ。フネッディも別に争い事が好きなわけではない。だが、仕事は仕事。事件の一つや二つ起きてくれないと書ける記事も書けない。
ディアフルンでは事件が起きることは起きる。それも高頻度でだ。
それは魔獣の発生によるもの。街中に魔獣が出るなど、他の都市ならばそれだけで記事になる。
だがここではそうはいかない。
この国を守る騎士団が迅速に魔獣を討伐することもそうだが、この都市に集まる傭兵や冒険者と呼ばれる存在が魔獣を好きにはさせない。住民たちはそれに慣れ切ってしまっているようだ。
だから、この国で事件が起きても、記事にする頃には既に事態は沈静。仮にそれを記事にしたところで、明日にはまた別の魔獣が出てきて騒ぎを起こすので、記事の作成も追いつかない。
こうして、フネッディのもとには出す予定のない記事がそれなりに溜まっているのだった。
「はあ、今日はもう宿に戻るっすかね……」
独り言も尽きないし、これ以上街を出歩いていても収穫はなさそうだ。先ほど魔獣が出たと聞いたが、既に騎士団や冒険者が向かっていた。そろそろ討伐された頃合いだろう。
明後日になれば魔王の子の生き残りとやらに出会えるのだ、と。そう自分を鼓舞して、宿に戻ろうとしたところで、フネッディは女性の叫び声を耳にした。
「……っ! 近いっすね!」
スクープに飢えているからか、そういった事件性が高そうな事象に対してのアンテナは高い。
彼はすぐに駆け出して、階段を駆け下りていく。
そこはいわゆる下層部と呼ばれる場所だった。
五年もこの都市に通っているのでその光景はイヤと言うほどに知っている。
あくまでも、部外者から見てというだけの話で表面的なものだけではあったが。
「声の場所は確か……」
あれ以来、叫び声が聞こえなくなってしまったが、大体の方角はあっているはずだ。声の主を探していると、騎士たちが物陰にいるのが見えた。
彼らならば先ほどの叫び声について何か知っているかもしれない。
フネッディは駆け寄りながら声を掛けた。
「すみませ~ん。この辺で女性の叫び声聞かなかったっすか~? ……って、あれ?」
振り返る騎士たちと視線が合った、気がした。彼らは兜を被っているので、目が合ったかどうかは定かではなかったが、ともかくそんなことはどうだってよくて――
彼ら今まさに、もがく女性を羽交い締めにして、麻袋に入れようとしていた。
どこからどう見ても、保護しようとしているとかではない。
「な、何やって――」
「見られちまったな……」
フネッディの言葉に答える様子もなく、騎士の一人がそう呟いた。
何か、もしかして自分はとんでもなくマズい現場に出くわしてしまったのではないか。彼の首筋を冷たい汗が流れ落ちていく。
「いや、自分何も見てないっす!? すんませんしたっ!」
そう言って足早に立ち去ろうとするが、既に別の騎士がその退路を阻むように塞いでいた。
「あの~……、俺、どうなるんすかねえ……」
「俺らはただ下層部から集めてくるだけだ。その後どうなるかは、知らん」
受け答えははっきりとしているようだが、しかしどこか心が籠っていないような声音が、その場に慈悲なく響く。
じりじりと後退するものの、その後ろにも武器を構えた騎士がいる。
まさか騎士が人攫いをしているとは思わなかった。これを記事にすれば局長も満足してくれるだろう。
問題は、生きてその記事を書くことができるかどうかだ。
「いやあ、俺なんて攫っても良いことないっていうか……」
自分には抵抗する手段も術もない。にじり寄ってくる騎士からできる限り距離を取ることしかできない。
何故こんなことになったのか。まだ記事の一つも世に出していないというのに、ここで終わるなんて、あまりにも慈悲が無さすぎるではないか。
「だ、誰か助けて……!」
「無駄だ。この都市の暗黙の了解では、下層部の悲鳴は全てなかったことにされる。……残念だったな」
騎士がその手を伸ばしてくる。
終わった。そう確信したフネッディは両目を瞑る。
「あ――っ!」
「へ……?」
騎士の誰かが叫んだかと、そう思い目を開く。
そこにいたのは、漆黒の翼を背中に生やす、深い藍色の髪を靡かせる茶色いコート姿の青年。
彼が伸ばしてきたその騎士の手を踏み潰すように、そこに佇んでいた。
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