校歌になぞらえて殺人事件を起こそうとする女子高生の話
「ミステリー小説とかでさ、よく『わらべうた』になぞらえて人が殺されるシーンがあるじゃんか」
非常に物騒なことを言いながら、三神愛は友人の座る席、その隣へと座る。人に話しかける第一声としてあまりにキモ過ぎる話題に、寧川流花はスマホをいじりつつ思わずため息をついた。
「あるじゃん、とか言われても困るんだけど」
流花は金髪に染まった長い髪を指でくるくるといじり答える。そのまま机に置かれたグミを口に運んだ。それを見た愛が不服そうな表情を浮かべる。
「ちょっと! いまダイエット中だから私の御前でお菓子食べないで!」
「御前ってなんだよ......」
流花は思わず呆れ声を出す。それには特に構わず愛が話を続ける。
「そういや流花ってば最近お菓子ばっかり食べてるよね? それ美味しいの?」
愛が流花のグミを指差し言う。
「うーん......。正直これに関してはあんまりだな」
「おっ、辛口採点だ」
「まあな」
「だんだん舌も肥えてきたね」
「「も」ってなんだよオイ」
思わず一つトーンの高い声を出す流花。そんな流花の調子は全く気にせず、愛は話を戻した。
「そんなことより小説の話! 流花はミステリー小説とか読まないの?」
「ああ、全く読まないな」
流花は即答した。
「そもそも家に小説がないし」
「ふーん。ウチは、おじいちゃんの部屋にそういう小説がいっぱいあるんだよね」
「お前じいさんいたんだ」
「うん。今は施設に入ってるんだ。『特別養護老人ホーム ワルキューレの饗宴』で生活してるよ」
「なんだそのネーミングセンスは」
「あとおばあちゃんは『サービス付き高齢者向け住宅 氷獄の懺悔』にいるよ」
「施設に『獄』とか『懺悔』って言葉使っちゃダメだろ」
流花は再び呆れた声を出した。そして続ける。
「つーか、ミステリー小説なんてつまんねーモン読む気ないしな」
「コラ! つまんねーとか簡単に言うの良くないよ! まったく、お里が知れ渡るね!」
「誰が広めてんだよ」
「じゃなくて! 「わらべうた」の話だよ! わらべうたっていうのはさ、なぞらえて人を殺す以外の使い道の無い歌なわけじゃんか」
「そんなことないだろ。偏見がすごいな」
友人のよく分からない偏見に思わずツッコミを入れる流花。
「でも最近はもう『わらべうたに恐ろしい真実が隠されてる』みたいな話は使い古され過ぎててつまんないんだよね〜」
「そこらへんの風潮は知らねえし」
「そういうお話を書く作家ってもはや無能なんだよね......。例えるなら土曜日の祝日くらい無能だよ」
「確かに無能だけど、分かるようで分かんない例えだな......」
流花が興味なさ気に相槌を打つ。
「私はさ。令和の時代、いったい何になぞらえて人を殺せば斬新かを考えたいんだよ。君と、一緒に」
「考えない」
「斬新さを出すためには、例えばだけど「校歌」になぞらえて殺人事件を起こすとかどうよ?」
「考えない、って言ったの聞こえなかった?」
「ノイズキャンセリング鼓膜だから聞こえなかった」
「私の声は雑音なのかよ」
「考えようよ〜。校歌になぞらえて人を殺すなら、どうやって殺すか」
「考えねぇよ。昼休みに怖い会話テーマを提供して来んなよ」
そんな、完全に引いている流花に構うことなく、愛は机の中から取り出した音楽の教科書を開く。教科書の1ページ目の空白のページには、学校の校歌がプリントされたA4用紙が貼り付けられているのだ。音楽の最初の時間に配られた。
「まったく......女子高生がランチの時間に話すことかよ」
開かれた音楽の教科書を見て、流花が思わず呟く。
「たしかに、ビチビチJKの私たちが昼休みに話す内容ではないよね」
「ピチピチだろ、なんか汚いな」
「たしかに!! !! ! ビチビチだと、下痢の音みたいだね!!!!!」
「急に叫ぶなバカ!」
教室の何人かがこちらを向いたため、流花はあわてて愛をいさめた。そんな愛はというと、プリントに書かれた校歌を指差しながら、一行ずつ読んでいた。
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1.
赤の桜がさく 丘を
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「まずはこの歌詞。赤の桜、これは桜が血で赤く染まることを暗示してそうだね」
「変なこじつけだよまったく......」
こういうことを本気で言う人がもれなく陰謀論とかにハマるわけだ。嘆かわしいにもほどがある。流花はため息を漏らした。
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吹き抜けるかぜ ああ香る
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「血の匂いが運ばれてくる、と」
「はいはい」
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わかばが もゆる この季節
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「「若葉がもゆる」は若者が燃やされることの暗示とも言えそうだね」
「へーい」
流花は自分のスマホに表示されたショート動画を見ながら適当に相槌をうつ。
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ああ 我ら 今夜も ひとり へる
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「1番の最後の歌詞。これは毎夜一人ずつ殺されることを暗示してそうだね」
「あー、はいはい」
相変わらず興味なさげに相槌を打つ。
「......」
「......あ?」
そこでふと違和感に気づき、流花は動画の再生をやめる。
「......愛、ちょっと待って。うちの学校の校歌、こんな歌詞か?」
なんか、たぶん気のせいだけど、『一人減る』って聞こえた気がしないでもない。流花は思わず質問した。
「そうだよ?」
「いやいや、これは流石にさ、露骨過ぎじゃねぇの?」
「なにが? 音楽の時間にいつも歌ってるじゃん」
「そうだったかな......」
流花は首を傾げる。
「流花ちゃん、声を大にして歌ってたよ。エサをねだる雛鳥みたいに、あるいは水面の虫を必死に喰おうとする小魚みたいに、パクパクパクパクとバカみたいな顔して歌ってたじゃん!」
「急にすっごいディスってくるじゃん?」
流花は考え込む。そして思いついた可能性を口にした。
「分かった。へるは『減る』じゃなくて『経る』なんだよ。時の流れを経て、一人ずつ成長して卒業していくってこと」
「そんなに平和かなぁ?」
「平和に決まってんだろ。校歌なんだから」
愛は不承不承の表情で2番の歌詞を読み始める。
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2.
教師の教えを胸に ひめ
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「胸に秘めは、胸を刺される的なやつ」
「『教師の教え』が刃物ってことになるけど?」
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きんべんに みなが過ごしてる
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「禁鞭っていう恐ろしい鞭の話だね」
「聞いたことないぞ」
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あの空に 落ちる ゆうやけが
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「ゆうやけは爆弾の暗示なんだよ」
「こじつけ過ぎだって」
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裏切り者の 身を 焦がす
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「これは学校のルールに背くと焼き殺されるって暗示だよ」
「おい! 校歌に『裏切り者』って言葉が入って良いわけないだろ!」
印刷された校歌を見ながら流花は叫んだ。
「いや、こうして現に入ってるんだから、入れて良いってことでしょ?」
愛が「何をおバカなことを言ってるの」みたいな顔で流花を見る。流花は全く腑に落ちなかった。
「マジで、こんな歌詞ほんとに覚えてねぇぞ......」
「流花ちゃん歌ってたじゃん! 空気を求めるドブ川の鯉みたいにパクパクと口動かしてたじゃん」
「その例えはドブ川である必要ないだろうがよ」
不機嫌になりながら、流花は歌詞の続きに目を向ける。
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3.
首無し地蔵が示す天
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「これは首を切られた被害者を表す歌詞だね」
「首無し地蔵とかいう怖いモンが出てきたけど!?」
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のこぎり峠を流れてる
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「これはのこぎりで首を切られるということだね」
「そんな峠は知らねぇよ! どこにあんだよ!」
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九尾釣島の人柱伝説
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「たぶん元々は『首吊り島』と呼ばれていた島のことだね」
「金田一の舞台?」
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ああ 伝統 護らぬ者が 死ぬ
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「これは伝統を守らない人が死ぬことを暗示してるよね」
「暗示じゃねぇよ! 死ぬってストレートに明示してるだろ!」
ヒートアップした流花が大声を出す。
「校歌だぞ! 死ぬなんて歌詞があるわけないだろ!」
「でも印刷されてるし......」
確かに印刷されている。
「流花ちゃん音楽の時間に毎回歌ってたじゃん」
「覚えがねぇって......」
「いつも『死ぬ』のところでせせら笑ってたじゃん!」
「狂ってんじゃねーか」
もう良いと、流花は愛から強引に教科書を引ったくり、4番の歌詞を読み始めた。
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4.
示された道を進むものには
限りない祝福があらんことを
親、同胞を裏切るものには
相応の鉄槌があらんことを
ああ 福音録 第五章 三節 より引用
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「急になんだこれは!」
「沁みるね〜」
「校歌は普通は沁みないんだよ! さらりと水みたいに無意味でうっすい歌詞が校歌というものなんだよ!」
「全国の校歌にケンカ売ってないそれ?」
「ともかく! そもそも歌詞に引用が入るわけないだろ」
「ほら、うちの学校キリスト系だから、こういうのもアリなんだよね......」
「うちの学校がキリスト系なのを初めて知ったよ」
「えっ? 定期テストの順位が毎回廊下に磔にされてるでしょ?」
「貼り付けの漢字違いだろそれは!」
流花は愛との会話を切り上げ、校歌の最後、5番へと目を向ける。
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5.
これは過去からの復讐だ
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「なにが!」
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罪を償わぬ者への鉄槌
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「なんの!」
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(各自絶叫)!!!!
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「急に叫ぶなよ!」
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天国への追放。奈落への階
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「どういう意味だよ!」
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神はここにいらっしゃったのですね
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「会っちゃった! 神に!」
もはや教室の、他の人の目などいっさい気にせず流花は叫んでいた。
「なんだよこれ!」
流花が教科書を愛に突きつける。
「だから、校歌だって言ってるでしょー。みんな音楽の授業の最初に歌ってるよ」
「絶対歌ってねえ! 特に『(各自絶叫)!!!!』の部分については微塵も心当たりがねぇよ!」
「あっ、そういえば流花ちゃんはいつも一人で壁に向かって『かごめかごめ』を歌い続けてたような気が......」
「そんな異常な行動を取ってたのか私は!?」
大声を上げる流花に対して、愛が怪訝そうな表情を浮かべる。
「なんか気持ち悪いな......。これからは校歌を歌うのやめるわ......」
「ダメだよ! 音楽の授業の最初に校歌を歌うのが、この学校の伝統なんだよ!」
「そんな伝統知らねーって」
言って、流花は立ち上がり教室を後にしようとする。
「流花ちゃん! これから音楽の授業だよ!」
「いいわ、今回はパスで」
「流花ちゃん!」
「......」
そんな、教室を去り行く流花の背中を、愛はいっさい瞳を動かさずに見送る。
「......」
「あーあ」
「『伝統 護らぬものが 死ぬ』か......」
愛は小さくそう校歌を口ずさみ、おもむろに席を立った。
特に事件は起こらなかったそうです。