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35話 青い鳥が運ぶのは


 いつも通りの弟妹のやりとり。

 さてどこで止めようかと見守っていれば、それよりも前に温もりが自分を包みこむ。



「母上。」

「……駄目ね。私が発案者だというのに、いざとなったらこんな……」


 その声はかすれている。

 抱きしめてくる彼女の背中に腕をまわせば、声だけではなく身体も震えていた。



「……っ、分かってる、分かってるの。別にあなたが死ぬわけじゃない。これが今生の別れじゃないって……、なのに……」

「……良いんですよ、母さま。俺は眠っていればひとときでしょうが、あなたたちは残される側。その悼みの違いは量れません」



 もしも立場が逆だったなら、自分とて平静でいられるかは分からない。

 何せこれから、自分が本当は生きているそのことすら彼女は忘れることになってしまうのだから。


「また俺が目覚めたその時に、皆の壮健(そうけん)な姿を見れることを楽しみにしています。……母上も、どうかその時までお元気で」

「…………っ!!」


 啜り泣く彼女に抱きしめられていれば、こちらへと歩み寄ってくる気配を感じて首を回す。




「ヴァイス。」

「父上……」


 自らが死の運命にあると聞き真っ先にその真実を告げた人。普段の秒針の刻みにすら従わねばならないほどの忙しさだというのに、こうして時間を取ってくれた人。


「私はネグロが使うという術は受けないことにした。」

「え……。しかし、それでは」



 この一年の間に知った真実を忘却し、未来の可能性をつかむための術。

 それを拒むということはつまり──。



「そうではない。貴殿らの話を総合するに、この先国は荒れる。荒れねば聖女はいかなる形にしろ現れないからだ。

 ならば、私が座から、物語の舞台から降りるのは必定だろう。……お前が生きていることを忘れずにあり続ける者も、万一のためには必要だ。」



「──真実を黙したまま、孤独を味わうことになります」

「構わんさ。私を誰だと思っている」


 ブランたちが詰問したときには涙を流したという人。

 けれども今は常の公務のような平静な面持ちで、こちらを鼓舞するように深くうなずきを返してくる。



「……はぁ。まさかこんな場所で、俺と父さまが似たもの同士だとよく言われる理由を実感するとは思いませんでした」


 胸の(うち)にどのような葛藤があろうとそれを飲み下し、最善へと至ろうとする。

 いくどとなく言われ、時には(いさ)められてきた性質。

 思えば彼もそういった人だった。



「なんですか、兄さま。ようやく実感したんです?」

「……っ、ふふ、昔から、言ってるのに。ね」


 瞳を潤ませたまま、弟と母が口々に笑う。




 夕食の席だというのに、ろくに皆食事に手をつけないまま、ノック音が聞こえてきた。



「ヴァイスさま、ブランさま。……馬車の御用意が出来ました」


 息をのむ面々。……どうやら、時間が来たようだ。



「そうか。では向かおう。……ブラン、馬車の元まで私を押していってくれるかい?」

「…………。……はい」




 ◇




「御家族の皆さまがたとの挨拶は、もうよろしかったのですか?」


 箱馬車の中へと誘導をしてくれたネグロが、気遣うようにこちらを見る。




「構わないさ。……どれほど惜しんだって足りないのだから、どこかでは区切りをつけないとね。ネグロ、忘却の呪文の習得は?」

「勿論、完璧です」


 この男が断言するのならば、それは事実なのだろう。

 けれども裏腹に表情は苦悶(くもん)で満ちていて、それを私も直接指摘はしない。



「ネグロ。」

「はい。」


 その代わりに、声をかける。



「私としてはお前ほど信のおける部下はいないと思っているよ。でも、それと同じくらい俺はお前を、あの日手を差し出したその時から、家族だと思っている」



 従兄弟でもあるが、それ以上に。

 弟の一人のように思っていた。



「だから、私のいなくなった世界だからと言って何もかも悲観的にはならないでくれ」


 歯を食いしばる彼の顔が殊更(ことさら)に歪む。



「…………。善処、しま、す……」


「ああ、そうしてくれ。目が覚めたときにお前が魔王になっていたなんてことになったら、流石に困ってしまうからね」


 今にも(しお)れて溶けてしまいそうな空気を払拭するように笑みを浮かべる。



「言っただろう?私がそう望んで、不可能なことはないと。……私はね、お前たち家族のためなら世界を壊す手前ならなんだってやってみせるさ。

 皆が私の死を嘆き悲しむというのなら、たとえ何があろうと目覚めてみせる。だから、ほら。」



 泣くんじゃないと。そういって彼の頬に手を当てる。


 涙を止めるはずの場所が、もしかしたら壊れてしまったのかもしれない。

 いくらぬぐっても、収まる気配がないのだから。



「……あなたの部下として、騎士としての私は、ちゃんと理解しております。あなたが望んで、叶えられないことなど、ないのだと」

「うん。」


「…………それでも、あなたに手を差し伸べてもらった。子どもの俺が泣くんです。……ごめんなさい」


「そうか……なら仕方ないね」


 弟や妹の涙を拭うのは兄の役目なのだから。

 せめて馬車が止まるまでは。取り出したハンカチーフを彼の目元に当ててやった。




 ◇




 到着したのは森の奥。湖のほとり。


 女神の伝説の一つがあるこの場所は森の中でももっとも奥深い場所で、教会と皇家、二つの許可がなければ足を踏み入れることすら許されない場所。



 木々に囲まれる棺の中に横たえられ、ブランがその傍に立つ。

 こうして見ると、青い空とあの子の顔、そして覗き込んでくるバラッド以外には見えなくなる。


 どれも趣きの異なる。けれども美しい青だ。



「────では、いきます」

 涙を一度拭ってからブランが口を開く。



 続いて流れてくる歌声は、法力を織り交ぜた聖句。

 対象とする者の時を凍らせ、覚めるとも知れぬ眠りへとつかせるもの。


 かつて女神は、苦しみもがく呪いに浸された人を救うため、この歌を歌ったとされる。




 旋律一つで四肢の感覚が鈍くなり、もう一小節で頭がもやがかったように重くなる。



 棺のふちに留まった青い鳥が、つぶらな瞳をこちらへと向けてきた。


 開いたくちばしの向こうからは、愛らしい鳥の声ではなく無機質な、けれども気づけば情緒がはぐぐまれてきた声が語りかけてくる。



《ヴァイス殿下。私の設計がなぜこのような見目だか、想像がつきますか?》

「……いい、や」



 青い色は人目を惹いて、鳥という姿はどのような場所も飛んでいけるからだろうか。

 緩慢(かんまん)な思考の中で予想をすれど確証は得られない。



 羽ばたいた鳥は一度私の周りを巡り、枕元へと飛び降りた。

 その間にも音色は続き、(まぶた)がゆっくりと重くなっていく。



《ゲームの外、現実世界では青い鳥というのは『幸せの象徴』として(たと)えられるのです。物語の中で幸せを運ぶとされるもの。

 ……ですから、ええ。私が保証します》




《この物語の結末は、しあわせになるものだと》




 それは安心だ、と叩こうとした軽口も。わずかに口元をゆるめるだけで終わる。

 意識がどこか深くに落ちていく感覚だ。



《────ですから、安心しておやすみなさい。ヴァイス殿下》



《あなたの道ゆきに、幸せがあらんことを》

年のおわりとはじまりに咲く、クレイディアの花の香りがほのかにした。

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