77 無言
〇まえの回のあらすじです。
『ユノの回想』
〇
戦闘中に考えごとをする。
それだけの余裕などないということを、ユノはカブト越しにけた衝撃によって悟った。
クわあんっ。
まのぬけた音。鼓膜に直接、にぶい音波をたたきつけられたような、ふわついた打撃。
今朝のできごとから、現在直面している現実に、意識が強制的にシフトする。
目覚めたような、シャンと神経の通った感覚。
自分の身に起こった出来事を、ユノは精査した。
額から血が垂れている。
こめかみから伝う粘りけのある雫が、つめたい軌道をえがいて耳の穴にすべり落ちる。
液体が、脳にちかいところに侵入する気持ちのわるさに、知らないあいだに目元がひきつった。
(今……)
目のまえのセレンを、突きつけたエクスカリバーの切っ先越しにながめる。
彼女はもう剣の届く範囲にはいなかった。
森の、【水盆の池】のほとりにあった彼女の身体は、ひとつの跳躍で、優に五メートルの間隔をユノからおいていた。
【霊樹の杖】を携えたセレン。しかしユノに向けられているのは、木製の打撃武器の先端ではなく、彼女の華奢で白い手だった。
(魔法を使ったんだ)
悟った刹那、ユノは身をひねった。
かがんだのと同時、喉笛のあった場所を一筋の光線が通りすぎる。
熱塊が、池をかこう森林の樹にぶつかった。
幹にキリであけたような黒点が刻印される。
焦げ跡は年輪の中心あたりにまで達していた。
セレンは無言で魔法を放つ。
女妖精の手のなかから、手品のように、光の球がいくつも生まれた。術者の顔を中央として、後光のように整列する。
(最初の一撃は……)
――セレンが【覇王の冠】について、無知であるわけがない。
【覇王の冠】は、魔法を無効化する能力を持つ装備品だ。限界が存在するシロモノであるとは言っていたが、初手のセレンの魔法を封じるくらいはできるだろう。
セレンもそれを分かっていて撃ってきた。
手心をくわえたのではない。
(このカブトが本物かどうか、たしかめるためだ)
池に向かってユノは飛び込んだ。
計八つの可視光線が、大気中をうねりながら殺到する。ユノの急所をめがけて。
(どこまでカブトの加護がおよぶか、考えながら撃ってる。それも、確実に仕留められる部位だけをねらってるってことは――)
池は深かった。日本庭園にあるような、立派な鯉を飼っているのとは規模がちがう。
深い――。
ユノの身長を、あっさりとのみこむほど。
(セレンさんは、もうボクを生かす気はない。『絶対』に、殺すつもりだ)
頭上で灼熱の光線が水を焼く。魔法の光が消滅していくのを、音と熱で感じ取る。
沈んでいく。
ごぼごぼと、吐いた気泡がのぼっていく。
強烈な既視感にとらわれる――。