76 好奇心は猫をも殺す
〇まえの回のあらすじです。
『ユノとセレンが対立する』
身構えるセレンを見据えながら、ユノは考えていた。
――らしくない。
――まったく、自分らしくない。
(こんなことなら……)
今朝、いつもより目が早くさめたことをユノは後悔していた。
もうすこし遅ければ、いつも通りの時刻であれば、これほど性急にことをすすめたりはしなかっただろう。
剣を構える。右手を斜に下ろして、相手の出方をかがうように。
(こんなことなら、追いかけてこなけりゃよかった)
〇
好奇心は猫をも殺す。
『詮索好きは長生きできない』という意味だが、なぜいたいけな猫がわざわざ引き合いに出されたのかは不明である。
森のなかの小屋――【はじまりの庵】で、ユノは目覚めた。
日時計は【霊樹の里】にしかないため、いまが夕刻なのか夜明けなのかはわからない。
外は朱色だった。
妖精の世界は、黄昏をのぞいて、みな昼日中の白さにある。
(ゆうがたかなあ)
目覚めたばかりの、ぼんやりとした頭で、ユノは窓からそそぐ日差しに思った。
ベッドから身を起こし、水がめからボウルに水をうつして、ばしゃばしゃと顔を洗う。
たゆたう水面に、自分の顔がゆがんで映る。
きのうフローラにつけられたカブト――【覇王の冠】をかぶったままの、黒髪黒目の男がそこにいた。
金色の宝石がはまった円環に、耳から頬までをおおう面覆い。
古ギリシャの軍人といったなりだが、服装は皮のジャケットにロングパンツと近代的なスタイルなので、まったく似合っていなかった。
(せっかくだし、起きとこうかな。そのへんを散歩とか)
年寄りじみた予定を立てながら、サイドテーブルから手ぬぐいをとって水気を拭いた。
エクスカリバーは壁に立てかけたまま。ふだんの冒険で使っていたブロード・ソードもその横に剣帯とともに立てている。万が一のため、ダガー・ナイフは枕の下にしいていた。
ブーツをはいて、ダガーとブロード・ソードを腰のうしろと横に佩き、外の空気を吸いに行こうと、入りぐちに向かう。
(あれ?)
ドアまでは数歩もなかった。
扉のそばには丸窓があり、ユノにあてがわれた家屋をかこう、真緑の森がよく見える。
木々のあいまに、ひとりの女性のうしろすがたがあった。同じグリーン系統の長髪であるためか、植物群にまぎれこむように、かのじょが奥へとすすむたびに、ほそいシルエットがかすんでいく。
(セレンさんだ)
――どこに行くんだろう。
初めはこのていどの意識だった。が、すぐにユノの思考はべつの目的を模索した。
(あの人とふたりで話す機会は、これくらいしかないかもしれない)
いずれ機を見てセレンとは【善なる力】について話しをしようと思っていた。
だが【霊樹の里】において、セレンがひとりになる時はほとんどない。妖精族の長として、かのじょは常に里を移動し、住民の声に耳をかたむけ、必要ならちからになるよう人材を手配する。
ハルモニアの世話もある。
いまをのがせば、じっくりと腰を据えて対話をするチャンスなど、二度とめぐってこない。
ユノはそんなあせりにとらわれた。
(みんなのまえで言えるようなことでもないしな)
どうせなら、だれにも邪魔されることなく交渉をすすめたい。
ユノは鋼鉄の剣とダガーだけを装備した状態で、セレンを追いかけようとした。
しかし不意に強烈な不安にみまわれて、エクスカリバーをつかみ、背にかついで一緒につれていった。
その判断が正しかったかどうかは、永遠に不明である。




