75 裁き
〇まえの回のあらすじです。
『ユノとセレンの会話』
「セレンさん」
ユノは切りだした。
「【魔界】で、ディアボロスを倒したとき、【悪】のちからは、人間界への壁が再生されたことにより、ながれこむことがなくなった。だから人の世界には【善】のちからだけになって、調停者である【金の竜】を必要としている。人にとって、あなたたちのいう【善性】っていうのは、理想的なものであるのと同時に、自己のうちにある未熟さを、いたずらに責めたてるちからでもあるから。そうでしょう?」
「ええ」
簡潔にセレンは答えた。それがどうしたとばかりに。
ユノはつづける。
「一番いいのは、金の竜を……ハルモニアを、人間の世界にかえしてもらうことだと思う。それがメルクリウスにおいて、連綿とつづいてきた人の世界のありかたなのだろうし」
「そうですね。ですが」
「セレンさんにそのつもりはない」
相手の言葉にかさねるように、ユノは言った。
「わかってるよ。だいたい、ボクの行動をみて、ハルモニアを返還するかどうかを決めるって時点で、どうかしてたんだ。気づくべきだった。もっと早く……」
舞いあがっていたのだ。
自分がこの世界にとって、存続か滅亡かを決められる、唯一の存在になれたのだということに。
世界の命運をにぎるという、大任を負わされたことに、いくら難儀ぶってみせても、心のどこかで、ようやく存在意義を見いだせた気がして。
「まちがってるんだよ、セレンさん。ボクなんて見てたってしかたないよ。ボクはほかの世界から来た人間だし、ボクよりも立派な人は、メルクリウスにたくさんいる。セレンさんが見守るべきだったのは、そういう、ずっとメルクリウスで、この世界の摂理のなかで生きて、苦しんで、それでも耐えて……生き抜いてきた人たちだったんだ」
「見てきた結果が『今』ですが」
光妖精をはじめとする妖精族を、【霊樹の里】にかこい、人の世界からは【金の竜】を取りあげ、人間の破滅を気長に待つことにした。
未熟であること自体は悪ではない。だがいつまでもそこに留まりつづけることは悪質であり、『罪』である。
その『罪』もまた、すべての責を自分で負い、贖うのであれば、ただ無力だっただけに終わる。
なのに自分の『罪』に対する報いを受けることもなく、ばかりか他人を傷つけることで、踏みにじることで、自分の無能から目をそらし、虚ろな自尊心を取りつくろう人間のなんと多いことか。
それも人間種のなかでおさまっているのなら、セレンも人の破滅をまねくなどという暴挙には出なかった。
留まることを知らなかったのだ。人間の愚かさは。
ユノにはセレンがなにを考えているのかわかる。
かのじょは悪事をはたらく人間に罰を与えたいだけなのだ。
人間のなかに、それができる人はいなかったから。とはいえ。
「悪人だけを滅ぼそうって思わなかったの?」
ユノは静謐に言った。森の池を、池の表面だけを見つめて言った。
「ボクは、元の世界でいじめられてたとき、ボクをつらい目にあわせる人たちに対しては、殺してやりたいって思ってた。反撃が許されるなら、たぶん、やっていたと思う。でも、幸か不幸か、ボクがいたところは、『正当防衛』っていうのを過剰におそれている国だった」
自然と顔を持ちあげることができた。セレンもまた、似たような動きでセレンのほうを向いていた。かのじょのグリーンの双眸を、ユノは透明な気持ちで見つめた。
なんの衒いも、まよいもない。正直な。愚鈍な。醜怪な気持ちだった。
「セレンさんも、そうするべきだった。ふつうに生きている人まで、十把ひとからげに滅ぼすんじゃない。自分の同胞を不幸にしたものだけに、裁きをあたえればよかったんだ。……『制裁』っていうのかな」
フッ。
とセレンが笑った気がした。微笑んだのだ。
「『ふつう』の人もまたどうなるかわかりません」
「そうだね。でもね」
ユノはもう恐れはしなかった。セレンは正しい。
『どうなるかわからない』という可能性を論じる点に於いて。
『NO』と断じ、反証することは、そうたやすいことではないのだから。
だが。
「あなたが必要として、助けをもとめたかった人たちは、あなたが破滅へと追いやった人間のなかにもいた」
両手に、ゆるりと携えていた神剣・エクスカリバーを片手に持ちかえる。
すっ。とセレンの首元に突きつける動きもまた、ユノ自身おどろくほど気負いのない動きだった。
「セレンさん。妖精の族長であるあなたなら、人間界に【善なるちから】を妖精界からながすのを止められるはず。この考えが正しいなら、今すぐ供給をやめてほしい。そうすれば」
「無法になるでしょうね。人間界は、なんの秩序も法もない、目もあてられないような地獄になる」
――かもしれないね。
と答えかけて、ユノは肯定の音をねじふせた。
これは詭弁だ。
「自分たちのちからでなんとかするさ。それが信じられないなら――」
「斬りますか。私を」
息をするようにセレンは告げた。手にある霊樹の杖はぴくりとも動かさないまま。
視線だけはユノをとらえて。
「あなたの言う通り、私にはちからを止めるだけの能力がある。ハルモニア様とは異なり、『静』か『動』かを切りかえるのみですが。それはともかく」
セレンの萌黄色の髪がゆらいだ。長い絹糸のような頭髪の一本一本が、たゆたう魔力にかすかにふるえる。
「戦うのはアールヴの本分ではないのですが。いいでしょう。切りむすぶことであなたの気が晴れるというなら、相手はしてあげます」
ただし。とアールヴの女族長はつけ足した。
「手合わせの代価は高くつきます。ユノさま、あなたの命だけで済めば、安いものだとお思いください」




