73 おちこぼれ
〇まえの回のあらすじです。
『武装した少年が、セレンのそばに立つ』
そして、エクスカリバーを背なかから引きぬいた。
少年のその動きに、セレンもまた杖を持つ手にちからを込める。
しかし彼はすぐには切りかかってこなかった。
柄をにぎりしめて、なつかしむように。
「感謝してるんだ、こう見えて。ボクは、セレンさんに……。ぜんぜんこの世界でもうまくいってないけれど、元の世界にいたときほど、惨めったらしい思いをしたこともないから」
「そうですか」
セレンがよびよせたこの少年は、【地球】にある【日本】という国にもともと住んでいた。
高等学校の一年生で、勉学・スポーツ共に目立った成績はなく、逆に落ちこぼれと呼んでさしつかえのない、劣等生だった。
交友関係もひどいありさまだった。
友人と呼べる者は一人もなく、せいぜいが『からまれている』ていどの関係性にあるチンピラが三人。
言語に絶するような、犯罪と断じるような仕打ちこそなかったものの、入学してすぐにはじまったイヤがらせは、彼の自尊心を摩耗させるのに、じゅうぶんなしつこさがあった。
注意をする大人もいない。
となれば、生来気弱なこの少年が、精神をやせおとろえさせて、自ら命を絶つという選択を採るのも、当然の帰結だったのかもしれない。
彼は、通っていた学校の、教室棟の屋上から飛び下りた。
落下のとちゅうで彼の魂は肉体から乖離し、セレンの呼び声に応え、【アヴァロンの泉】という、聖なる泉のなかに着水した。
そして、真の名を改変され、【ユノ】というあたらしい名を、召喚者たるセレンに授けられた。
この世界――妖精と、魔物と、人間の世界が併存する領域――
【メルクリウス】で存在し、生きるために。