72 鏡
〇まえの回のあらすじです。
『池をのぞきこむセレンのもとに、人がやってくる』
「あなたのほうから私をたずねてくるのは、これで二度目ですね」
セレンは水面を見おろしたまま、告げた。
波ひとつない、カガミのような池には、萌黄のながい髪にササの葉状のながい耳、長杖をたずさえたアールヴの女がひとりっきり。
すっ。
自分の鏡像のとなりに、人のすがたがうつり込む。
横に立つその影は、一年半ほどまえに、異世界より召喚した少年のものだった。
黒くみじかい頭髪。黒い両の眼。旅先でたびたび変わった防具は、なかにチェーンを仕込んだ魔獣のレザージャケットにおちついている。
やはり獣の皮であつらえたロングパンツの先――両足には、鋼鉄で補強をしたブーツをはいていた。
一瞬、彼をみなれぬ風にセレンは感じた。
というのも、彼の頭から頬までを、金色のカブトがおおっている。
【覇王の冠】。
どこで手にいれたのかは知らないが、それを訊くほどの関心は持てなかった。
それよりも。
「後をつけていたのは分かっていました」
問う、というよりは追及するつもりでセレンは言った。鏡映を見つめたまま。
少年が言う。
「分かってて最後までついて来させたって言うのなら、ボクの考えも、あらかた予測がついているんじゃないかな」
彼は腰にブロード・ソードを佩いている。背なかには剥き出しの神剣・【エクスカリバー】。
「おだやかな事情ではなさそうだ、とだけ」
「交渉次第だよ」
「脅迫というのでは?」
「そうかもね」
少年は微笑した。




