5 サラマンデル
・前回のあらすじです。
『ユノが街道で遭遇したモンスターをたおし、やまにむかう』
〇
遠くにふるぼけた塔がみえる。
山の頂上付近にいた二頭の【魔物】は、水にみはなされた不毛の地をながめて、ふかぶかと息をついた。
あそこに行けば、故郷に帰れるかもしれない。【パペルの塔】にある光の柱は、なにも妖精の土地にだけつながっているわけではないのだ。
のぞめば、【魔界】にだっていける。そもそもが、そういう【交通路】としての遺跡だった。
それでも「帰れるかもしれない」と悲観的なのは、魔王である【ディアボロス】が死んだいまとあっては、魔界とこの人間の世界とのあいだに断固たる「壁」ができ、結果として、ふたつの領域は行き来のできない状態に分断されてしまったからだ。
【交通路】だけが、果たして『例外』として機能してくれるのか。こころもとないところだ。
……『例外』――。
「お~い。まだ抜けないのか?」
トカゲの顔をうんざりさせて、魔物の一頭がうしろをみた。そこには上半身だけが、みえない壁にめりこんでしまったかのように、空中に下半身だけを突きだしている怪物がいる。
ばたばたと、つめの伸びた足を動かして、しっぽを振りまわしている。
おとなの男ほどの身長もある、爬虫類の身体の生物――【サラマンデル】の下半分は、必死に、このぶらさがり状態から脱しようともがいていた。
時折見兼ねたように、小ぶりの一頭が嵌まっている仲間の足をひっぱったり、逆におしりを押したりして、こっちにやろうとしたり向こうがわにかえそうとするものの、びくともしない。
側面からみれば、まるで手品のように上半分だけがすっぱりなくなったように見える、サラマンデルの身体である。それは現在、下半分が【人間の世界】、上の半分が、魔物の世界――【魔界】にある状態だった。
枯草のめだつ晩秋の尾根に、、ひゅーとつめたい風が吹く。
「うおおお~ん!」
おしりを空中に浮かした姿勢で、上半分が別世界のサラマンデルが、ぶじな二頭のなかまに吼えた。
「たのむ、見捨てないでくれ~!」
魔界のほうでは、きっと泣きっつらがおがめるだろう、ふるえ声をあげている。
被害にあっているサラマンデルは、もう何十日ものあいだ、この不安定なかっこうのままだった。
むこうがわで、だれかが援助してくれているのか。ときどき「むしゃむしゃ」と、食べものを咀嚼する音が聞こえることもある。
このまぬけな仲間につきあって、ほかの二頭もまた、ながいあいだこの山のなかから身動きがとれないでいた。
リーダー格の一頭――鼻に刀傷のついた、兄貴分のサラマンデルがうめく。
「ファブール……安心しろ。どこにも行きやしねえよ。……まだな」
「いやだ! たのむぜヨルムン、ニドヘーグ! ずっとそこにいてくれ! すぽんって、オレがどっちかに出てこれるまで!!」
このままひとりになったら、わるい人たちにヒドイことされちゃう!! と泣きごとをつづけるオスサラマンデル――ファブールに、兄貴分のトカゲ男……ヨルムンは、頭部をまもる鉄兜ごとこめかみを押さえた。
ばたばたする足のそばでこまった顔をする年少のトカゲ男、ニドヘーグを見やる。
「まあ、こんな道をはずれたとこにまでやってくる冒険者なんて、そういねえだろうけどな」
「でも、いつまでもってわけにはいかないんじゃないのかなあ。モンスターの残党狩りが、人間の戦士たちの主な業務になってるって、【ピース・メーカー】や【ドリアデ】たちがはなしてるの聞いたもの」
「うーむ」
ヨルムンはふかい傷痕のついた勇ましい顔をしぶくした。
「どっちにしろ、はやくなんとかしなきゃならんのはたしかだな」
「も~っ! なんでこんな中途はんぱなかたちで【魔界】とのさかいが閉じちゃったんだよ!」
ぽこっ。と年少のサラマンデル・ニドヘーグが、まぬけなかっこうのファブールのおしりを蹴っとばす。
「オレのせいじゃねえやい!」
【境界】にガッチリと胴体をはさまれたファブールが、なみだ声のまま抗議する。
ぎゃあ。ぎゃあ!!
山林の禽獣たちがさわぎはじめた。巨大な鳥の影――【カルラ】のすがたが、三頭のサラマンデルの上空をわたっていく。あちこちで、小ぶりな魔物たちの、逃げたり、かまえたり、警戒する息づかいがする。
「だれか来たな」
「げーっ! ついに戦士たちにみつかったか!?」
「どうするんだよ、ヨルムン?」
「おいてかないで、おいてかないで!」
金具の音をたてて準備をする兄貴分のサラマンデルに、死にものぐるいでうったえるファブール。
ヨルムンたちは、じたばたするファブールの尻尾と脚にうろんな目だけをやった。それぞれ腰に佩いた剣帯から、長刀を抜き放つ。ちかづいてくる、人間の気配にそなえる。
※投稿ずみの内容と、くいちがう文章をなおしました。
旧→『山の頂上付近にいた二頭の魔物は、万年灰色の雲におおわれた不毛の地をながめて、(略)』
改→『 山の頂上付近にいた二頭の魔物は、水にみはなされた不毛の地をながめて、(略)』