第1章 第9話
「あなた。誰と話しているのですか?」
ハスキーと言うより、地獄の底から響いてくる様な声だ。脇汗が吹き出すのを感じる。
「べ、別に。独り言だって…」
「ひとりごと… それは何ですか?」
怖え。真剣に怒った表情で丁寧語で話されると、マジ怖え。額から汗が垂れだす。
「一人で、喋ること」
「なるほど。あなたはそれが好きなのですか?」
「まあ、うん」
「私の悪い話をしますか?」
「へ? いや、別に…」
彼女は静かにベッドに近付く。寝転ぶ僕を見下ろしながら、
「私の日本語は上手くないですか?」
僕は千切れるほど首を振りながら、
「いや、全然。メチャ上手いと思うよ」
メチャ? 彼女は首を微かに傾げて眉を寄せる。額に筋が入り、更に恐ろしい表情となる。
「すごく上手だよ、君の日本語」
上体を起こし、彼女の胸の位置まで起き上がる。あら残念。顔はチョー可愛いのに…
突然髪を掴まれ、物凄い力でのけぞらされる。
痛みよりも恐怖で僕は身動きが全く出来なくなる。
これは去年、体育館の裏で財布の中身を寄付させられた時よりも恐怖に感じる。
「いいですか、」
彼女は顔を近付けながら低い声で呟く。
「私に日本語を教えてください」
こ、これが人に物を乞う態度だろうか。
「わかりました、のですか?」
あいたたたた 髪の毛が…抜ける…あああ…
「わ、わかり、ました」
急に彼女は手の力を緩める。するとその反動で僕の顔が彼女の胸に埋もれる!いや、当たる。おでこに肉よりも骨の感触が響く。
ひっ
僕は慌てて身体を彼女から遠ざけ、ベッドの上で後ずさる。背中が壁に当たり、背中の汗がシャツにベットリと張り付く。
彼女は僕を冷徹に見下しながら静かに部屋を出て行った。
それから夕食の声が掛かるまで、僕はミッチと話す事もできず、また一歩も動くことが出来なかった。