第1章 第8話
「私の名前は、リ ユートンです。よろしくお願いします」
ややハスキーな声で、自己紹介をした彼女はどうやら中国人のようだ。発音にやや難があるが、実に流暢な日本語だ。ちょっとビックリして彼女をガン見する。彼女はニッコリと微笑みながら、
「あなたの名前を教えてください」
僕は恐らく顔を真っ赤にし、声を震わせながら
「秋田 満」
「ミツルさん、よろしくお願いします」
「ああ、はい…」
「ミツルさんは高校生ですか?」
「まあ、はい…」
「高校の名前は何ですか?」
「えっと、高洲高校だけど…」
「そうですか。私の行く学校の名前は、総武台高校と言います」
ショックだった。
僕が滑り止めで受ける予定だった高校だ。第二志望の県立高に比べれば少し落ちるが、近年Aラン大学への入学者が右肩上がりの新進高だ。其れに、僕が女子嫌いになったキッカケの『イシュー』事件の湯沢かなえが通っている高校でもある。
「ふーん。頑張って」
僕は可愛い笑顔に背を向けて、自室へ向かう。
複雑だ。
あんなに可愛い女子と二年間同居する喜び。行けなかった志望校に通う女子と二年間同居する辛さ。
僕は今後、あの子の笑顔を見る度に自分の運の無さを否が応でも突き付けられるのだ。そして下級国民へと脱落していく自分を誤魔化していかねばならないのだ。
借りてきた本も開くことができず、僕はベッドに横たわり一人苦悶する。
−二年間、無視しちゃえば良いのよ。口も聞かないで。そうすれば居心地悪くなってきっと別のステイ先に逃げていくわ−
ミッチの悪魔の囁きに思わず僕は頷く。
そりゃあナイスな考えだわ。何する訳でなく、何もしなけりゃいいんだもんな。
−そう。シカトするの。まるで存在していないかのように振る舞えば良いのよ−
それな。親の前ではフツーに振る舞って、な。
−其れが良いわ。ミッちゃんなら上手く出来るわ−
そっかな。うまく出来るかな
−何よあの女。ニタニタ笑って。ミッちゃんに気に入られようとして。感じワル−
まーな。其れに変な日本語を偉そうに使いやがっ…
バタンっ
突然、部屋のドアが開く。
驚いてベッドから起き上がると、彼女が僕を睨みつけている。
其れは先程見せていた明るい笑顔からは100光年ほどかけ離れた、冷たい表情で。
能面の様な表情で細く鋭い目が僕を捉えて離さない。知らず僕は喉を鳴らし、膝が震え出すのを両手で抑えるのに必死だ。