第1章 第7話
だが人間とは不思議な生き物で、数日もすると我が家に留学生を迎える事を僕はすっかり忘れてしまった。そしてダラダラ過ごしたG Wが終わった頃、突如その留学生は我が家にやってくる。
学校から帰ると、玄関に安っぽい見知らぬ小さい革靴が鎮座していた。ママのお茶トモの近所の渡辺さんでも来ているのか、僕は挨拶するのも面倒なので二階の自室に上がろうとすると、
「ミッちゃん、お帰りなさい、ちょっとこっちいらっしゃい」
ウザ。まじウザ。
ダイニングにも聞こえる程の溜息を吐きながら、僕は廊下の突き当たりのドアノブを回し、ドアを空け……
知的なアイドル、がそこに座っていた。
肩までの長さの黒々とした豊かな髪は実に清潔感に満ち溢れている。その髪に隠れるような小さく白い顔は男の庇護欲を掻き立てられる。そして何より印象的なのは切長のビックリするほど大きな瞳。穏やかな笑みを浮かべ、見つめられたものは今の僕のように硬直せざるを得まい。見つめているとその深淵に引き込まれそうで、真っ直ぐ立っていることすら不可能だ。
…おい、パパ。留学生って、女子だったのかよ…
相変わらず肝腎要を伝えない人だ。だからAラン大出なのに出世しないんだよ。
−ホント、ホント。聞いてないわよワタクシ。これどういう事なのよ!−
ほら、ミッチもキレ始めたし。
其れにしても。僕は生まれてこの方、これ程美しく整った顔の女子を間近にしたことがない。テレビや雑誌やネット上で見る芸能人よりも遥かに美しく思える。
僕は中学生の頃の『イシュー事件』以来、女子と会話することが出来なくなってしまっている。だってそうだろ? 自分の罪を平気で人になすり付けて、皆と一緒に騒ぎ立てるんだから。そしてその後、いっさい僕と目を合わすことは無かったんだから。クラスの女子全体が。
−アレは酷かったわね。ミッちゃん良く我慢したわよ。そんなミッちゃん、大好きよ−
もし僕にミッチが居なかったら、間違いなく学校の屋上から飛び降りていたか、総武線の踏切に飛び込んでいただろう。
そんな僕が、こんな可愛い留学生と二年間も一緒に生活するなんて… 安っぽいラノベのような展開に僕は赤面しつつ一言も発する事もできず、ただ呆然とダイニングで立ち尽くすのだった