第1章 第5話
父曰く、
「来月、G W明けくらいにウチに留学生が来るから。満、仲良くしてくれな」
「は? 知らねーよ。何だよそれ。何勝手にそんなこと」
「悪い悪い。上司に押し付けられちゃってさ、断り辛いんだよ」
本社が東京の一部上場会社に勤務するパパが、パパなのにどうやらババをひかされたらしい。どうにもウチのパパはお人好し過ぎていけない。上司に可愛がられはするが出世は望めないタイプの人間なのだ。
「何だよそれ。ママはそれで良いのかよ?」
「ママは大歓迎よお。いっぱいお料理作っちゃうんだから」
今時珍しい、ザ・専業主婦のママはやる気満々である。
「それで? 何日間世話すんの?」
パパが呆れた顔で、
「何日って… 再来年? 高校卒業までだよ」
唖然。
「それって、断れないの?」
「ちょっと難しいんだよ。上司の取引先の関係でね。断ると上司の面目立たなくなっちゃうんだよ」
これだから社畜系サラリーマンは嫌いだ。僕は絶対にパパみたいなサラリーマンにはならない。外資系かI T系の就職を人生の目標と定めよう。そう改めて心に誓い、
「僕は反対なんだけど。でも二人が決めたことなら仕方ないから従うよ」
両親はニッコリと笑みを浮かべる。
ああ、今日もやっちゃった。妥協。諦め。追従。
どうして僕は人の頼みをキッパリと断れないのだろう。
理由はわかっている。人から嫌われたくないからだ。ましてや両親から。
嫌われても良い、僕は一人でやって行く。と言う勇気が持てないし、その根拠もない。要は高校二年生にして未だ僕は自我が確立されていないのだ。他人に対してこれが僕である、と言える存在価値が無いのだ。
例えば部活で活躍している。予備校の模試で全国のトップ10に入る。ボランティアで新聞に載るほどの事をする。これらは皆、十分な存在価値があると言えよう。
翻って僕はー 帰宅部。このFラン高校レベルでの成績上位(但し文系科目に限る)。家の手伝いも殆どしない。こんな僕にどんな価値があると言えようか。
逆説的に。
良いじゃないか。進学校に通ってなくても。親に甘えていても。将来が見えなくても。普通に元気に暮らしていられれば世界的には十分幸せじゃないか。内戦に次ぐ内戦で学校にもロクに通えない海外の人に比して、僕はどれ程恵まれているだろう。
否。
この格差社会の日本において、もう僕の階級は決定された。この一年間で僕はその事実を嫌と言う程知らされたのだ。今後どれ程もがき苦しみ努力を積み重ねようと、上の階層に上がることは出来まい。Fラン高校からAラン大学へ、なんて年末ジャンボを当てる方が容易いだろう。実現したら映画化間違いなしだ。
結局。
親の無茶振りな頼みを断り切れない僕の現状は、平凡以下の人生しか想定出来ない僕の将来への序曲としか思えないのだが。




