第4章 第9話
夏休みもお盆を過ぎた頃。流石にパパには隠し切れず、ユートンと子供の写真を見せた。孫かもしれない娘に目をダレさせて、いつもの調子で喜ぶか冷やかすか茶化すか、と思いきや、見た事のない形相で、
「お前、まさか…引っ掛かった、のか?」
「は? 何が?」
「何がじゃねえよ… お前、コレって典型的な、アレだぞ…」
「アレコレじゃ分かんねーし。何なんだよ一体。」
「いいか、よく聞け。」
パパが嘗て無い厳しい表情で重苦しく語るー
「コレは良く中国の駐在員が引っ掛かる奴でな。ハニートラップって言うんだ」
「ハニートラップ… 甘い、罠? 何それ…」
「日本で言う、美人局、だよ。自分にのめり込ませた男から、情報、金、あらゆるモノを巻き上げるっていう…」
僕はごクリと唾を呑み込み、
「そんな… 僕から、何を…」
パパは鬼の形相で、
「お前の若い優秀な頭脳と、」
僕は呆然とするー
「優秀な遺伝子情報、だろうな。」
頭が真っ白になる。僕の遺伝子? パパが何を言っているのかサッパリわからない。
「これでお前は向こうに行ったら、子供可愛さで日本に帰らなくなる。そしてお前の頭脳をあの国の発展の為に使わされる。」
パパの言葉だけが通り過ぎて行き、その意味が頭に全く残らない。
「それと早稲田現役合格の優秀な遺伝子。遺伝子組換え技術が進んで、お前の優秀な遺伝子が次世代の彼らに文字通りコピーされるんだ。噛み砕いて言えば、お前の精子が尽きるまで搾り取られるんだ、」
何の感情も湧き上がらない。あまりに想定外過ぎて、思考が完全に停止してしまった。
「あの子によって、な。あの子はこれから何人もお前の子供を孕まされる。多分他にも器は用意されるだろう。器って分かるよな、他の女子って事だ。そうやってお前は昼はその頭脳をあの国家の為、夜はその腰をあの国家の為に使って行かなきゃいけなくなるんだ。お前、そんな人生で良いのか?」
その夜。一晩寝ないで考えた。
パパは一企業人、それも管理職としてリスク危機に敏感過ぎるんだ。まさか、其処までやる筈なんてない、これは単にユートンが僕と会いたさが故に彼女が独自に仕込んだ話なんだ。
メールで聞いてみよう。
………
ミッチはもう応えてくれない。
仕方なく自分で考える。アイツが簡単に教えてくれる訳がない。全ては行ってみて、会ってみてから聞かないと、決して話してはくれないだろう。いや、直接会っても本当の事を何%話してくれる事やら。
仮にパパの話が全て事実だとしよう。
僕は留学を辞める?
答えは、ノーだ。
この先何があろうと、何をされようと、僕はユートンに会いたいし、僕の娘と想定されるあの子供に会いたい。
三人で一緒に過ごせるならー僕は喜んでこの頭脳を捧げるし、この腰を振ろう。ただ、ユートン以外の女子に腰が動くかどうかはビミョーだが。
翌日には真逆の思いで一杯になる。
冗談じゃない。僕の人生を何故其処まで縛られねばならない? 僕にはあの国では許されない自由が必要なんだ、青少年の恋愛話然り、エロ系然り。
農薬まみれの食事なんてしたくないし、日本の美味しい空気をずっと吸っていたい。自由に海外旅行もしたいし、偽物じゃない本物を買い物したい。
留学? 有り得ない。すぐに断ろう。残念だけど、ユートンとはあれが最後だったんだ。もう訣別したんだ。あの子供は本当に僕の子供なのか、其れも何だか疑わしい。
よそう。明日、教授に断りの連絡を入れよう…
ムリだ、やっぱムリだ。あと少しで、やっと会えるんだ。あの温もりを感じれるんだ。四年間耐え忍んできたんだ。再来週、会えるんだ。今更辞めるなんて、やっぱムリだ。
女なんて… この世に何人いるのだ。ユートン一人に何故こんなに固執しているんだ。今後の僕自身の為にー忘れよう。早く忘れて次の愛を注げる女性を見つけるんだ。そうしなければ僕は…
来週。やっとだ。長かった。苦しかった。辛かった。会いたかった。愛したかった。あと少しなんだ。自由なんてどうでも良い。制限なんて糞食らえだ。それよりもユートンと過ごせない人生の方が、よっぽど残酷じゃないか。
明日、乗る予定の飛行機が来なければ良い。空港への途中で事故に遭えばいい。パスポートを家に置いてくれば良い。絶対に後悔する。パパの言う通り、僕は利用されるだけなんだ。ユートンを餌にまんまと引っ掛かった、唯の間抜けなダボハゼなのだ。寝過ごせ。目覚ましを掛けるな。大震災よ来い。富士山よ噴火しろ…




