第4章 第8話
要約するとー
お前のメール程クソ長いのを読まされた事はない。私は仕事と育児でメチャ忙しいんだ。もっと要点を絞り簡潔に返事をしろ、ボケ。
であった。僕は盛大に吹き出し、返信を認める。
ホント悪かった、つい懐かしくて。それよりも、写真の子供は僕の子供なのか? この子に会える可能性はどれくらいあるんだ? そしてお前が日本にまた来れる可能性はどうなんだ、
と、前回の三分の一位に纏め上げ、送信ボタンを押す。
返事は二週間後。
直接会えば、お前の子かどうか分かるだろう。結論から言えば、私が日本に再度行ける可能性はあっても0.4%程度だろう。それよりも。お前は中国語を勉強したと言ってたな。本当なのか?
僕は大きな溜息を授業中にもかかわらず漏らしてしまう。殆ど可能性無いって事じゃん…
昼休みまでに文面を熟考し、
そうなのか、可能性は殆どないと考えるべきか。とても落胆している、何とかこの子とお前に会う方法はないモノだろうか。因みに中国語は日常会話程度なら話せるようになったのだが。
返事は、翌週、来た。
お前、こっちの大学で学ぶ気はないか?
僕は目を疑った。
そしてその数日後、ゼミの先生から今度は耳を疑うような話を持ちかけられるー
「秋田くんさ、交換留学制度で中国の広州大学に行ってみない?」
「それって、どんな話なんですか?」
「うん、僕の旧知のあっちの教授がさ、優秀な生徒をそっちに送るから、代わりにもっと優秀な生徒を送ってくれないか、って。」
「もっと優秀って…僕ですか?」
「うんだって。キミ、中国語学年一位だったでしょ? 中国人の彼女でもいたの?」
確かにいつの日かユートンと再会できる日を夢見て、大学受験勉強並みに力は入れていたのだが。
「そんな… 僕なんて、ちょっと日常会話を普通に話せるだけですよ」
「大した自信じゃない。でもそれくらいじゃないと、向こうではやって行けないし。うん、決めた。キミに決めた。九月から新学期だからね。準備進めておいてね」
「そんな、急に…そんな事言われても…」
「え… やめとく?」
「行きますよ。何か?」
「ハイ。決定。」
ゼミが終わり帰宅途中の電車の中で、彼女にメールを書く。
九月から広州大学に交換留学生で行くことになったんだが。お前ら親子は上海なのか? 今何処にいるのだ。何をしているのだ…
返事は三日後。
私も広州にいる。何をしているのかはまだ言えない。飛行機の予約をした方がいい。その時期は日本からの留学生ですぐ満席になるから。到着日時と航空会社が決まったらすぐに連絡しろ。空港まで迎えに行ってやらなくも、ない。
信じられなかった…ユートンが、娘が、広州で暮らしている!?
…いや、少しは驚けよ。こんな偶然考えられるのか! 俺がこのゼミに入っていなかったらこんな話は…
…ちょっと、待て。
なんか話が出来過ぎていやしないか?
ユートン親子が住む広州に俺が留学する事になった。まさか、これは偶然ではなく必然だったのでは…
仮にユートンは元々広東人だったとしよう。上海ではなく広州で生まれ育ち、専門の教育を受けた後、工作員として偽名で日本に留学生としてやってきた。
何らかの活動の隠れ蓑として我が家にホームステイし続ける予定が、コロナ禍で方針変更となり、帰国。
ここからは僕の妄想であるー
帰国後、妊娠が発覚。翌年無事に出産。育児が大変な時期を乗り越え、僕と会いたくなる。まず僕の入学した大学を調べる。そして僕の入ったゼミをチェックする。
その指導教授の交友関係を調べ、広州大学の教授に辿り着く。その教授に話を持ち込み、日本人留学生を受け入れさせる。
それがー僕となる事を信じて…
未だに僕が、彼女を思い続けていると確信して…
その妄想が肯定されるが如く準備はビックリするぐらい順調に進む。本来面倒臭い健康診断や無犯罪証明なども呆気なく大使館で受理され、懸念された飛行機の予約も第一希望の日時の便が簡単に取れた。
余りに物事がユートンの言うがままに進み過ぎる。
期末試験の帰り道、ふとある考えに至るー
まさか、ユートンのヤツ…
帰宅後、夕飯を作りパパの帰宅を待つ。パパは僕の作った青椒肉絲を旨そうに食った後、最近如何にゴルフの調子が良いかを自慢する。
その話がひと段落した頃。
「パパ、一つ聞きたい事があんだけど。」
「ふーん。何だい?」
「ママの浮気って、どうしてわかったの?」
パパは顎が外れたのかという程口を大きく開き、暫くしてペラペラと話し出す。約一時間話し続けた内容を要約するとーある日パパの会社にパパ宛に封筒が届き、開けてみるとママの浮気現場の写真や相手の素性が綴られた書類が入っていた。ので、発覚した。らしい。
其れってまさか…アイツの仕業では…
ママと言う、僕とパパにとっての疫病神(なんて言ったら生みの親に大変失礼なのだが)を排除することで、僕の成績を上昇させ、Aラン大学に進ませる!
パパのライバルにコロナを感染させパパを出世させる!
そして、僕を広州に呼び寄せる為の仕込みをする!
この数年の僕の周囲の変化は、これで全て説明が付いてしまう。パパに至っては反ゴルフ勢力の消失によりゴルフまでシングルさんになったようだし。
コレが僕の妄想であって欲しい。未だ厨二病の後遺症に悩む、僕の幻想であって欲しい。それを確かめる為にも、僕は広州行きの準備に更に邁進するー
夏休みはユートンの勧めで同じ大学の中国人留学生に中国語の指導を受ける。これがまた鬼のように厳しいレッスンで、出された宿題を一つでもして行かないと、
「そんなことでダメじゃないですか。もっと真剣にしましょう!」
…お前も、な。と言いたくなるのを必死で堪え、宿題をこなす毎日であった。




