第4章 第4話
正直。全くの想定外であった。
彼女がスパイであったなら尚更。
何故この時期に本国に戻されるのだろう。家族が、と言ったのは多分嘘だ。本国の命令でユートンは帰国させられるのだ。
食後、自室でベッドに寝転び、天井を見上げながら考える。何故なんだ。ひょっとして何か重大な事が日本で起きるのか? それとも中国で起きるのか? それは戦争? 其れとも新種のウイルスの流行?
悶々と考えていると、久しぶりにーそれこそ一月ぶり以上かも知れない、ユートンが音もなくドアを開けて入ってくる。
「何があったんだ?」
僕はユートンがベッドに座るのを待ちきれずに聞く。ユートンはヨイショと言いながらベッドに腰掛け、
「上の命令。それだけ。」
「理由は?」
「知らない。わからない。聞くことも許されない。帰国しろと言われたら、するしかない。それが私。来週の月曜日、羽田空港から臨時便が出る。それで帰る事になった。それ以上でも以下でもない。」
僕に質問を許さないかの如く、一気呵成に吐き捨てる。
「それで… コロナが治ったら、また帰って来るんだろ?」
ユートンは静かに首を振る。
「もうここでの仕事はコレで終わり。帰ったら別の仕事をする。」
「ここでの仕事って… パパから情報を得て本国に流す仕事か?」
ユートンはキョトンとした顔をし、それから、本当に久しぶりにちょっと微笑む。
「フッ まあ、それで良い」
「え? 違ったのか? お前、産業スパイじゃなかったのか?」
「ミツルはちょっと頭が良い。」
急に褒められた。あれ? 初めて褒められた?
「でも、違う。産業スパイではない」
僕は唖然となる。この一年間、てっきりそうだと…
「じゃあ、じゃあ何のスパイだったんだよ」
ユートンは口角を上げ、
「お前に言う訳ないだろ」
「なんだよ、教えておくれよ」
「五十年後、な」
「バカか! 今教えろよ」
ハーーとユートンは大きな溜息をつく。そして僕の肩に体を預ける。久しぶりのユートンの体温にまだ17歳の僕の身体は如実にオスの反応を示してしまう。
引き籠りが長引き、ストレスも溜まっていたのは言い訳なのだが。かなえちゃんとも全く会えず。溜まりに溜まった青年の欲望が暴発したのは、今思っても無理は無かったのだ。
僕はユートンにむしゃぶりつき、服を剥ぎ取り、、、
僕はユートンで大人になった。
不思議に思ったのは、意外にユートンは協力的で、初めての体験だった僕を実によくサポートし、思いの外上手くことを成し遂げられたのだった。
「コレも、あと四日だな…」
今日は週末、金曜日。らしい。すっかり曜日感覚が鈍ってしまった。
「それまで、せいぜいやっとくか、きゃは」
クスッと笑った筈のユートンの瞳から、スーッと一本の涙が流れる。
その涙の意味を考えるいとまは無い。覚えたての僕はそれから際限なく彼女に迫り、それに彼女も旺盛に応えてくれ、僕達はまるで獣のように貪り合う。
「本当に、これでお終いなのか? また日本に来ることはないのか?」
「ああ。来るとしても「李雨桐」では無い、他の誰かとなってだな」
僕はガバッと身体を起こす。
「オマエ… 本当の名前… 李雨桐じゃ…ないとでも…」
「違うよ」
あっさりユートンは言い切る。
「何だって… じゃあ、実家が上海って…」
「上海は二度、行った事がある。」
僕は全裸のまま立ち上がり、
「オマエ、何しに日本に… いや、ホントのオマエ… 誰なんだよ!」
ユートンは悲しそうに微笑みながらそっと首を振る。




