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Honey Trap  作者: 悠鬼由宇
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第4章 第3話

 今思い返すと、この頃が僕にとって一番幸せな時期だった。

 あの夏は今でも本当に心に残る僕の大切な大切な思い出である。あの夏の事― 夏期講習、プール、海、夏祭り、花火大会― どれも未だに僕の心に鮮明に焼き付いており、あんな平穏で幸せな日々を送れていた僕を、今の僕は本当に羨ましく思う。


 その後の秋から冬にかけても、漫画やラノベにすらなりはしない平凡だが幸せなイベント、互の文化祭訪問、養老渓谷への紅葉ツアー、そしてクリスマスイベント。そのどれにも漏れなくユートンが付随してしまっていたのは仕方あるまい。だが僕とかなえちゃんのアオハルは着実に育っていた、筈だった。


 その全てが狂い始めたのは、その冬から世界に蔓延したCOVIT19、通称コロナウイルスなのであった。


 実はコロナウイルスが世界に、日本に知れ渡る前からユートンの挙動が少しおかしかった。人前でも、パパやママの前でも余り笑顔を見せなくなったのだ。


 理由を聞いても無視され、一緒にアニメを観ることも無くなり、彼女は一人部屋に引きこもりがちになっていく。

 

 今思えば彼女の元には最新かつ正確な情報がもたらされていたのであろう。そして歳が明けて中国の春節、所謂旧正月の頃には、食事以外の時には部屋に篭りっきりとなってしまう。時折部屋から激しい話し声が響いてきたがその内容を知る由もなく、僕はただ彼女は実家に帰れるのかなあ、なんて呑気に考えていた。


 日本国内にコロナウイルスが蔓延した頃には、中国本土は大変な事態に陥っていた。後で知ったのだが中国政府の発表する感染者数や死者数は


「十分の一。いや下手したらもっと少ないかも知れない」


 だったらしい。日に日にユートンの顔はやつれ、ふっくりしかけていた顔がすっかり細くなった。


「だってお前の実家、上海なんだろ? ヤバいのは武漢だろ? 大丈夫だよ」

「……」


 僕の質問には殆ど答えず、彼女が今何に苦しんでいるのかがサッパリわからない日々が続く。やがて僕達の生活にも徐々にコロナの影響が出始める。


 トイレットペーパーが無くなったのには心底驚くと共にこの国の民度を大いに疑った。マスクも無くなり、その内学校まで休校になってしまう。


 パパも会社へ行かなくなり、ママも奇跡的に続いていたボルダリングに行けなくなって来る。その頃から家の中にビミョーな空気が流れ始める。パパの部屋をユートンが使っている為、パパは所謂テレワークとやらをダイニングの食卓でやるしかない。するとママは行き場を失いーリビングでテレビを見る訳にも行かず、寝室で寝転んでいるしかなくなる。


 僕は部屋で今まで見れなかったアニメや映画、読みたかった漫画、やりたかったゲーム三昧の幸せな日々であり、このままずっと続けば良い… とは流石に思えなかったが、それらの合間にかなえちゃんとラインで繋がっており、いつか再会するのが楽しみだね、なんて能天気にトークしていたのだった。


 いつの間にか、知らない間に、僕達は高三になっていた。学校には行けず、クラス替えしたもののクラスメートにあった事はなく、当然授業は行われず、ただ出された課題を淡々とこなしメールに貼付して提出する日々が続く。

 

 事態はますます悪化し、日本政府は東京都や千葉県などに緊急事態宣言を発出する。僕達は外出も外食も自粛する事になり、まあ元々自粛的な生活を送っていた僕は引き籠り上等、とばかりに来年の来たる入試に備え、コツコツ勉強を続けていた。


 そんなある日。


 夕食時にユートンが僕らに、


「私、中国に帰らなければならない、来週…」


 僕は箸を落とす。パパは咳き込み、ママは口から春雨を出す。


「急だな。飛行機飛んでないだろ?」

「来週。臨時便が出るみたい。それに乗ることになったの」

「嘘でしょ… ここにいた方が… 日本の方がまだ安全じゃないの?」

「そうなんだけど。ちょっと家族が…」


 パパとママは顔を曇らせる。


「それにしても、急過ぎるよ。ユートンは本当はどうしたいの?」


 最近全く笑顔を見せなくなったユートンの瞳から、大粒の涙がポロポロと落ちて来るー


「帰りたくないっ でもー家族が、心配…」


 パパとママが項垂れる。


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