第4章 第2話
翌朝、朝食の後、昼前まで海を満喫し、宿でフツーの最高美味いナポリタンを食べてから、荷物をまとめて宿を立った。
かなえちゃんの水着姿を堪能し、心理的にも物理的にもその画像や映像をモノにし、僕は早く家に帰り其れらをじっくりゆっくりレビューしたかった。なのに何故かかなえちゃんが我が家にやってきて、其れらの画像動画を我が家のタブレットで鑑賞することになってしまう。
「そーなの。お母さんボルダリングにハマってんだー」
「そー。だから毎晩夜遅いんだよ。日本の主婦がこんなに不良だったなんて知らなかったよ、マジで」
「じゃあ夕飯はユートンが作ってるの?」
「まあね。コイツにも手伝わせるかな」
「え、凄い、秋田くんもお料理するんだ!」
「ちょっとだけ。てか、手伝わないと、殺される…」
「キャハ。何それウケるー」
「かなえ、今夜食ってくか?」
「マジ? 本格中華? 食べたい食べたい!」
「よし、じゃかなえも手伝え」
「えーーー、私お料理したことなーい」
「お前もそうか… アニメ通りだな」
日本の女子、お料理出来ない説が奇しくも立証された訳で…
「焦げた飯食わされるのは勘弁だから、買い物を頼む」
「ちょ… ユートン酷くね… でも、オケ! 何買ってくれば?」
ああ、アオハルはまだまだ続く訳で… なんなら僕も一緒に行こうとすると、
「お前は下拵え手伝え!」
だよな… かなえちゃんとの新婚買い物ごっこは次回にとっておこう…
かなえちゃんが駅前のスーパーに買い出しに出かけている間。晩餐の下拵えを終えると、ユートンが徐に、
「背中、クラゲにやられたらしい。薬塗ってくれないか?」
と言って、秒で上着とブラを脱いでしまった…… おい……
仕方ないので薬箱からそれらしい塗り薬を取り出し、ユートンの背中を見ると確かに背骨に沿って赤い刺された跡が点々としている。
指に薬を捻り出し、それを刺し跡に塗ると、
「あぁん」
僕は凍り付く。
今、何か物凄くエッチな声音を聞いたような? と言うか、今のこのシチュエーションは、僕にとって途轍もなくいやらしい状況なのかも知れないね、何故なら僕の息子君がありえん位に大人になっちゃったんだから。
「ただいまあー ごめんねえ、遅くなっちゃって」
かなえちゃんが新妻よろしくそう言って玄関のドアを開ける。僕は慌ててユートンに上着を被せ、薬を元の場所に戻した。かなえちゃんの笑顔を見ても、胸の動悸と僕の大人な息子は元に戻らず、曖昧な笑顔で彼女を迎える術しかなかったんだ。
「うわっ ユートン、包丁使うのメチャウマ… すごーい、超楽しみー 何手伝う?」
「皿や箸、食卓に並べてくれる?」
キッチンにかなえちゃん。なんと癒されるシチュエーションなのだろう。だが僕は、キッチンに入ってくるかなえちゃんとつい距離をあけてしまうー 未だ、僕の息子は大人なままなのだ。
今思うと、ユートンの背中は細くしなやかで、触るとツルッとしており、ほのかに潮の匂いが漂っていた。その背中に冷たい薬を塗った瞬間のあの喘ぎ声……
なんだ、この背徳感。このアオハルと性旬の狭間で途方に暮れる僕を他所目に、ユートンはまるで他人事の様にフライパンを振っている… 流石、スパイだ。よく訓練されてい…
ふとソファーの方を見ると… なんとソファーの下に赤いブラジャーが落ちているではないか!
「並べ終わったよおー。キッチンに居ると邪魔だから、リビングで待ってるね!」
ちょ、ちょっと待て。
僕的に、この夏最大の危機が訪れた!
もしかなえちゃんが赤いブラジャーに気づいたら… 流石に高校生、「はーん」と僕とユートンの関係を即座に推察しまうだろう。
ソファー下にクシャクシャになって落ちているブラジャー。誰がどう見ても、それってアレだよね、な状況なのである。
やばいやばいやばい。
もしかなえちゃんが僕とユートンの関係を誤解したら、どう応対するであろう?
その1。僕とユートンの仲を応援してくれる。これは僕的に相当辛い。いや、辛過ぎる。
その2。僕とユートンの仲にショックを受けてしまう。これも相当キツい。キツ過ぎる。
その3。全く気付かずに、これ迄通りに振る舞う。これが最も希望するところであるが…
意外と天然ボケっぽいかなえちゃんは、実は周りをよく見ている。それでいて割と気にしいなのだ。なので落ちているブラジャーを見れば即座にその関連性を僕とユートンに当てはめ、結論を下すだろう。
その結果、彼女はどんな反応を示すのか…
どちらに転んでも僕的には大ダメージだ。折角春に再会し、この夏にかけて関係を徐々に好転させてきていると言うのに…
もし。かなえちゃんが僕に少しでも好意を持ってくれていたならばー 僕らの関係を完全に終了してしまうだろう。
もし好意なんて持っていなかったらー 彼女が僕に好意を持つことは未来永劫なくなるだろう。
いやだ、ダメだ。
何方にしても可能性がゼロ以下になってしまう! どうしよう、どうしよう… かなえちゃんがダイニングからリビングに、ソファーに辿り着くまであと三秒。僕にとって、地獄の三秒。余りに短く、余りにも残酷な三秒。
神様。僕はどうなっても構いません。どんな不幸も受け入れます。だから、なので、どうか奇跡を… あと2.6秒で奇跡を…
「かなえ! 」
ユートンが大声を放つ。
かなえちゃんがこちらに振り向く。
「この皿をテーブルに運んでくれ。一品目が出来たぞ!」
かなえちゃんは嬉しそうに、
「マジ! 早! わーい、楽しみー」
と言いながらこちらに歩いてきてくれる。
かなえちゃんがユートン作の青椒肉絲をテーブルに運ぶ間に、僕はリビングに駆け込みブラを拾い上げポッケに捩じ込もうとしたが入らず、思わずパンツの中にしまい入れた。
神様が、いやユートンがくれた奇跡を感謝しつつ、僕はこの夏一の大きな溜息を吐く。
助かった…
これで全てがこのままだ。僕とかなえちゃんのアオハルは続行だ。秋のイベントも冬のイベントも消滅せずに済んだ。
てか、お盆以降の夏のイベントも継続間違いなしだ。夏祭り、花火大会、かなえちゃん宅での勉強会…そして、初めてのキ…
僕は神様、いやユートンに感謝する。やっぱ、ユートンを動かした神様だけ感謝する。ユートンは意識してやった訳ではあるまい。そこまで気付いてやったとしたら、最早人智を超えた存在だし。
浅間神社の夏祭りに行った際、深く感謝する事にしよう。いつもは五円なのだが、五十円奉納しよう。そう決心する頃にユートンは二品目の炒飯を作り終え、同様にかなえちゃんに運ばせるのだった。
かなえちゃんの帰宅後、ブラをパンツの中に隠した事で激しく罵られるも、僕はニッコリとユートンに笑いかけたのは言うまでもない。




