第3章 第11話
フツーの味のメチャ美味しいカレーを食べ終わり、部屋で水着に着替え、ビーチに出る。お盆前という事もあり、大した人出である。
パラソルとサマーベットをレンタルし、荷物を置いてカキ氷を買いに行く。この一連のビーチプロシージャーに、ユートンは興味津々である。
「凄いな、日本。これなら楽しくない訳がない」
「えー、中国もこんな感じじゃないのー?」
「海南島とかはそうかも知れないけど。私はこんなの初めてだよ」
「へえー。そんじゃさ、ユートンが流行らせちゃえばいいじゃん」
「それ、アルわー」
目がキラリと光る。
「じゃあさ、スイカ割りしよーよ。秋田くーん、宿からスイカ持って来てくれなーい?」
「喜んでー」
僕は嬉々として、パシる。
好意を持つ子にパシられるのは、何と嬉しいのだろう。この喜びを知る男子高校生はどれだけ全国にいるのだろう。ああ、叫びたい! もっと僕を使ってよ! もっと僕をパシってよ!
氷で冷やされたスイカが気持ちいい。僕は落とさない様に大事に運ぶ。小脇には宿で借りた安物の木刀を抱えて。
この日本の伝統的季節行事の代表である『西瓜割り』もユートンには相当衝撃的だった様だ。ルールを説明すると、
「ちょ…食べ物は大事にする。食べ物で遊んではいけない。それが日本のルールじゃないのか?」
ユートンの日本語はもう外国人とは誰も識別出来ないほど、発音、語彙、どれも完璧に成っているー ただ、女の子言葉を余り使わないのが残念と言うか、彼女らしいと言うか…
其れでも、かなえちゃんが目隠しをして可愛い掛け声で木刀を西瓜に振り下ろすと、ユートンの目の色が豹変する。
当て損なったかなえちゃんから木刀を奪い取りキツく目隠しをすると、明らかに殺気を漂わせ始める。僕らが右、左、前、と声掛けしても其れらを無視し、心眼を頼りに西瓜を探り当て、
キエーーーーーーーーー
砂浜で遊ぶ全員が何事かと振り返る。
スパン
………
僕とかなえちゃんは絶句する。だって普通スイカ割りって、西瓜を如何に叩き割るかというゲームじゃない、なのに僕らの目の前の西瓜は… さながら炭治郎が大岩を両断した如く…
真っ二つに綺麗に割れていた…
僕とかなえちゃんは目を合わせ、見てはいけないモノを見てしまった感で苦笑いを交わすのであった。
ユートンは目隠しを外し、
「これで…最終選別に出れる」
とか訳わからない事を呟き、僕を笑死させる。
夕食後。これだけは断じて外すことの出来ない夏の海辺の儀式、花火をしに宿を出る。僕はパパとママ以外の人間と花火をするのは初めてで、少し緊張気味である。
「私もー高校に入ってから、人と花火するの初めてなんだ。あれ、中国って花火あるよね?」
「あるよ。でも日本のみたいじゃない。ただうるさいだけのやつ」
「そっかー、じゃあ日本の花火みたいのは初めて?」
「うん。アニメでよく出てくるやつだろ、チョーやってみたかったんだ!」
ユートンはすっかり子供の目になっている。その横のかなえちゃんは僕をチラ見してニコって微笑む。緊張感が期待感に昇華していく。
女子と花火。春までの僕にとっては全く縁遠い行事だった。両親との花火に興奮していたのは小三くらいまで。以降は花火大好きママの付き合いで仕方なく放火していたに過ぎない。
ここでまた僕は気付く。花火が楽しいと思うのは、好きな人といる時に限るのだ。やっている事自体は謂わば化学の炎色反応の実験をしている様なものだ。もっと言うなら、冬場の放火魔のそれと対して変わりは無い。
だが気になる異性や付き合っている異性と共に放火する事で、擬似的な放火共犯意識が醸成される、言い換えれば、してはならない事を共にする事でより一層相手にのめり込むのである。其れが花火という一歩踏み外せば大犯罪的行為が楽しい、と言う心理の正体なのだ。
ユートンに聞くところによると、中国では大晦日や旧正月に爆竹、みたいな花火を皆ですると言う。大音量と煙により、邪気を払い運気を呼び込む為だという。一種の宗教行事である様だ。その点が日本の花火の意義が他国と隔絶している所であろう。
他国では花火は宗教的な意味合いを持った厳かな行事であるのに対し、日本においては少子化を防止するための性的な秘事であるのだ。まあ、中には僕みたいに
「あ。今のは過塩素酸カリウムが多かったなあ。おっと、硫黄が多すぎんじゃね」
などと、ガチで化学の復習を行う真面目な人間もいるのだが。
「まーたまたまた。秋田くんは目を離すとすぐに自分の世界に入っちゃうんだから(笑)」
おっと、いけない。これは本当に僕の悪い癖だ。だがこの悪癖を指摘してくれたのは実はかなえちゃんが初めてだった。ので、それまでは全人類の普遍的な習慣だと思い込んでいた。
「しないしないーだってそんな事するより、人の意見聞いたり自分の意見を言ったりした方が楽しいしスッキリするじゃん」
…成る程、勉強になります… 友を必要とする理由―討議、議論の為。これからは徐々に増やしていこう。
こうしてかなえちゃんと交友する事で、今までにない『気付き』があり、まさに目を未開かされた、若しくは目から鱗が零れ落ちる毎日なのである。
一方。ユートンと出会ってからの僕はー 正直彼女にインスパイアされたものは殆どない気がする。寧ろ、毒された部分の方が多い気がする。
人殺し、なのだから。スパイ、なのだから。
悪夢を見ないように、添い寝をする程度では許せない気分となってくる。では性的に何か求めるのかと言われれば、それは無いけどね。
まあでも、悪夢を見なくなるまでは、責任取って添い寝はしてもらおう、それが僕の権利であろう。
「って言ってる側からー。ハイ、罰として、今何考えていたか、発表すること!」
いやいやいやいやいや…
かなえ先生、そいつだけは勘弁してください…
「そ、それより、もう寝ようか、明日も早いし」
その言い方が少し官能的だったのか、かなえちゃんは瞬時に真っ赤になり、小さくバカ、と呟くのだった。




