第3章 第10話
翌週末、お盆前の最後の週末。
僕達はかねて計画していた、海に行くことにする。
其れも! 何と何と! お泊まり海水浴! ああ、アオハル最高!
言い出しっぺはかなえちゃんで、小学生の頃によく行った上総一ノ宮、即ち九十九里浜の民宿に久しぶりに行きたい、三人で是非、との事だったのには驚きの後に感動が湧いて止まらなかった。
宿はかなえちゃんサイドが手配してくれ、僕は往復の電車の時刻、料金調査に没頭する。そして簡単な企画書を箇条書きし、かなえちゃんにラインすると、
『凄い! 秋田くんってマメだね。女の子にモテるでしょ(笑)』
断じて、モテませんし。
『あー、チョー楽しみ(絵文字)早く明日にならないかなあ』
『ホントだね(絵文字)中国でも有名な九十九里浜、早く見たいな(絵文字)』
…三人のグルを仕方なく作成。
『明日は早いから、もう寝ます(絵文字)それでは明日、八時に千葉みなと駅改札で。おやすみー(絵文字多数)』
僕はスマホの電源を切る。目覚ましは…今夜も要らないだろう…
あの夜以来、僕らは狭いベッドで同衾を続けている。パパもママも帰宅は深夜、僕やユートンの部屋を覗くこともないので、この不思議な関係性は両親も気づいてはいないであろう。
お陰で、何某の悪夢はピタリと見なくなり、毎晩嘘のような快眠が続いている。そして朝は頬をビンタされるまで眠り続けているのである。
コイツは朝が異様に早い。朝イチで起きて、庭で太極拳をしているのだろう、きっと。知らんけど。
夏休みに入り、ママはすっかり不良化してしまった。今夜も帰宅は十一時過ぎだそうだ。てことは午前様は間違いない… ボルダリングって何と危険な遊びなんだろう。ボルダリングの何がママをそうさせたのだろう。いつかじっくり聞いてみたい。
パパは毎晩午前様らしく、朝はげっそりとした顔でユートンの朝粥を啜っている。僕らが三人で九十九里の民宿へ行くと言うと、
「いいなあ、アオハル…… いい、な、ぁ……」
と涙ぐむ。もう辞めればこの社畜野郎、とは言えず、お土産買ってくる約束をし、僕らは家を出る。
八時きっかりに、かなえちゃんは駅の改札にやってくる。
今日もアニメから抜け出してきたような、爽やかなJ K臭がプンプン匂う服装だ。もう見ただけで頬がニヤけてしまう。
実は僕の隣の一応J Kも夏に入り、ママがお洒落強化月間と名付け、其れなりにフツーの女子高生風なファッションを完璧に身につけてきている。
こんな二人と一緒の僕も少し頑張らないと、と思い最近メンズのファッション雑誌をスマホで眺めてたり街ですれ違う同年代の男子をチェックしたりと研鑽を重ねてみた。
残念ながら金銭的余裕が少ない為古着さえも買うことが出来ず、其れならばとパパのゴルフウエアをちょいと拝借したりして色々工夫を重ねた結果、玄関の鏡に映る僕は余り日本では見掛けない感じの中南米風高校生になってしまう…
これも、アオハル。
僕らは電車の中で写真や動画を撮ったり、スマホアプリの占いをしてみたりしてる内に、電車は目的地の上総一ノ宮駅に到着する。案外早いもんだ。あと一時間は楽しみたかったなあ…
かなえちゃんの民宿は駅からバスで十五分ほどの海沿いの眺めの良い所だった。一面、青い海。初めてこんな海に来たユートンは感動の余り、五分ほど全機能が停止してしまう。
「ホント眺めが良くて、いい所でしょ? 私、子供の頃からここに来るのが大好きだったんだ。だから、この歳でまた来れて、マジ嬉しいんだ」
とかなえちゃんもマジ嬉しそうである。
僕もそんなかなえちゃんが見れてマジ嬉しい。
宿に入ると丁度お昼ご飯の時間だ。ごくフツーのカレーライスが、メチャ美味しく感じる。やはり料理っていうのは状況で味が変わるのだ。ここの様な大自然の元、又は滅多に行かない高級店の様な非日常的な空間において、人の味覚は麻痺してしまうのだろう。そして何を出されてもその場の雰囲気で美味しく感じてしまうんだろう。
逆に毎日家や学校の教室で、どんなに高級食材を使おうと、どんなに優秀な料理人が調理しようと、大して美味くないのは正常な脳の機能なんだ。
もしキミがお弁当を作り、彼氏に「美味しい! 料理上手なんだね」と言わせたいなら、海か山に出掛けるといい。間違っても街中の公園は駄目だぜ。「サイコー。キミは天才だ。結婚してくれ!」と言わせたいなら、更に非日常性のスパイスを足せばいい。そうだな、台風が迫る海岸や大雪に見舞われている山小屋なんて如何かな。




