第3章 第9話
「秋田くーん、お待たせ!」
ああああああああ
生きていて良かった、生まれてきて本当に良かった。パパ、ママ、ありがとう。
かなえちゃんの生水着姿。僕はしっかりと心のシャッターを連写する。
その隣にムスッとして佇むユートン。ま、一枚だけシャッターを切る。パシャっ。
もう、周りの男子の視線の熱いこと! 正に熱視線を僕の前を楽しそうに歩く二人の女子に発射しまくりング、だ。
そして僕への凍てつく視線の強烈な事! かつてない優越感に感無量の僕である。
昨夜も何某の悪夢に苛まされ、ろくに寝れなかった僕の睡眼が今は嘘のようにパッチリと開かれ、その夏の思い出をしっかりと焼き付けている。
僕は一人、ジャグジーにゆったりと浸かり、遠く入道雲を眺める。正しくは積乱雲、Cumulonimbusと言う。これ絶対受験に出るから。中学受験の理科に。
流れるプールでかなえちゃんとユートンが浮き輪にぶら下がって楽しそうに泳いでいる、というか水に浸かっている。一瞬、僕も加わりたくなるが、ジャグジーのマッサージ効果には勝てず、てか気持ち良すぎて腰をあげる事は不可能だ。
ふと考えるーかなえちゃんって、ユートン以外に友人いないのかなあ。
確か中学生の頃も、特別仲の良い友人は周りにいなかった気がする。本人の言う通り、若干コミュ障気味なのかなあ。
すると、僕の様に意図的にコミュニケーションを拒否してきたのとは若干異なることになるな。本当は友人が欲しい、でもその能力に欠ける。この春、そんな彼女にも漸く友人が出来る。
彼女にとっては、その友人に付随する男子、即ち僕なんかより、漸く作ることの出来た友人、即ちユートンの方が価値があるのかも知れない。大事なのかも知れない。僕とこうして交友を保っているのも、ユートンと友好を深める為に過ぎない。
あーーーー 一人でいると、ロクでもないことばかり考えてしまうー 早く彼女達と合流しよう。だが疲労した身体はそれを許さず、あと小一時間はジャグジーの刑を僕に促すのであった。
それから本当に小一時間ジャグジーに浸かり、二人に合流して滑り台や飛び込み台を満喫し、いやーーユートンの飛び込みの華麗だったこと! まるで本物の飛び込み選手のような飛び込みに、周りで拍手と歓声が上がったモノだ。
今日ほど沈み行く太陽を恨んだ事はない。
「暗くなってきたね、そろそろ帰ろっか」
やだ。もっとここにいたい。もっとキミと一緒にいたい。
「お腹も空いてきちゃったし。あ、ごめんね、母に家で食べるって言ってきちゃった」
はーーー。ならせめて、あと少しキミの水着姿を僕の脳裏に刻ませてくれないか…
「あーあ、日焼けの跡がついちゃったかも」
かなえちゃんが指で摘んで自分の胸を覗く… 僕は腰を屈まざるを得なくなる。
「うわ、こっちも…」
右側臀部を摘み上げ、真っ白な臀部が僕の角膜を破壊する。
「ちょ、秋田くん、ガン見しないで!」
僕のせいじゃない、僕のこの目がいけないんだ!
天然なのか、サービスなのか。僕はかなえちゃんのチラリズムにすっかり翻弄されている。いや、最高の一日だった。人生で一番有意義かつ満足出来た一日であった。
帰りの電車で不覚にも僕は落ちてしまう、其れもかなえちゃんの肩に寄りかかったまま。
「楽しかったね、秋田くん、疲れ取れたかな?」
「お陰様で。バッチリ取れたよ。これで夜も明日も、勉強ガッツリやれそう」
かなえちゃんの目が曇る。
「ムリしないで。今夜と明日は、ゆっくり過ごしなよ。夏は長いんだから… それに、」
「それに?」
「体調崩したら、また来週遊びに行けなくなっちゃうよ…」
申し訳ありませんでしたあ! 今夜はすぐ寝ます! 明日は一日のんびりします!
「それがいいよ。私も少しのんびりしようかな。」
其れからかなえちゃんとユートンはいかに今日という日が最高の一日だったかを主張し合い、また来週遊ぶ事を誓い合い、僕とユートンは反対側のホームへ去った。
其れから帰宅するまでいつもの様に何も喋らず過ごし、駅を降りたタイミングでママからのラインを確認すると、
『ごめんねえ、パパとホテルでお泊まりする事になっちゃったー。二人でファミレスか何処か、お願い出来る? (絵文字)』
ファミレスでつまらない夕食を終え、帰宅後いつものようにアニメを眺め。流石に疲れたのだろう、ユートンは途中から意識朦朧となり、僕もこれ以上観ることは不可能となり。
「おい、もう寝ようぜ。部屋に戻れよ」
「お前、最近夢にうなされてないか?」
僕はドキッとし、だが隠すこともないかと思い、
「実は、田沢の夢を見るんだ。アイツが化けて出てくるからちっとも眠れなくて…… ハハ、ガキみたいだよな」
「全くだ。だらしのない男だ。だが、仕方ない、今夜は私が添い寝してやろう、きっとエロい夢が見れるぞ」
僕は思わず吹き出しながら、
「面白え。出来ればかなえちゃんの水着が脱げちゃう夢にしてくれないか?」
「豚野郎は初恋ガールの夢を見ないんじゃないのか?」
一瞬の間ののち、僕は大爆笑してしまう。
そしてその夜。ユートンの添い寝の隣で、ユートンの水着がずり落ち爆笑する夢を見たのだった。
翌朝、久しぶりに快眠出来た僕は、まだスヤスヤ寝ているユートンの寝顔をずっと眺め続けていた。




