第3章 第6話
一学期の終業式。明日から夏休みである。
あの日以来、僕の周りはと言うとー
田沢何某は家出したという噂で持ちきりになるも、六月半ばには誰も彼を気にする者はいなくなり、僕が体育館裏に連行される事は無くなった。
かなえちゃんとの交流は清く美しく続き、この夏休みは一緒に海浜ゼミナールの夏期講習に行く予定となっている。また、ユートンと三人で海に行く予定も着々と計画されている。
パパは相変わらずゴルフに熱中。この夏に会社の仲間と北海道へゴルフ旅行に行く事が彼の今の生き甲斐らしい。
ママは先月からボルダリングにハマっている。順番から言えば文科系のお教室かと思われたが、まあ秋まで持てば奇跡と言えよう。
僕とユートン。
毎日、一緒に家を出て学校に行く。
毎日、夕飯を食べる。あ、最近は彼女が簡単な中華料理を作ることも多くなってきた。
毎晩、僕の部屋でアニメや漫画を一緒に楽しむ。この時の彼女の子供の様な瞳と表情が僕は一番好きだ。
週に一、二回。朝まで一緒に寝る。勿論、何もせずに。
こんな僕たちの関係性を世間では何と呼ぶのだろう。
簡単に言えば、付き合っている、が正解であろう。だがそれはちょっと違う気がする。
何故なら。僕はユートンが好きなのか? 答えは、否。だからである。
ユートンと居ても、かなえちゃんに感じる様なドキドキトキメキを一切感じない。それでは例えこれだけ一緒の時間を過ごしても、付き合っているとは言えまい。
少なくとも、二年後にはユートンは中国に帰ると言う。日本に残って大学進学や就職は一切考えていないという。現実的にそこで僕とユートンは別離するのだ。あの日、「一緒に中国に来ればいい」なんて言っていたが、其れは僕がお断りである。
理由― 中国には日本で享受できる自由が無いからだ。Google、LINE、FBなどは中国国内で禁止されているとユートンは話している。
そして、最大の好きになれない要因―
彼女が殺人者だから。
それが例え僕を救うための行為であったとしても、人一人をあんなに呆気なく殺してしまう感性に、僕は心底恐怖している。
彼女は遺体は当分見つかるまい、と言っているが、実は毎日僕はビクビクしながら生活しているのだ。
もし何某の遺体が発見されれば、優秀な日本の刑事組織は簡単に僕とユートンに辿り着くだろう。まあ僕は何も罪は犯していないのだから逮捕される事はないだろうがーパパとママは間違いなく虚血性心疾患で即死してしまうほど驚くだろう。ユートンという人殺しを匿っていたと言う事実に半狂乱となるであろう。
恐らくパパは会社にいられなくなり、失業するだろう。ママは近所付き合いが出来なくなり、引きこもりとなってしまうだろう。
僕は… フツーに転校するか、家を出て就職する事になるであろう。
非日常があの日以来、常に僕に付き纏っている。その元凶が、ユートンなのだ。
これでは彼女に恋心を持つ事は決して出来ない。
逆に。
ユートンは僕に対し、どんな感情を持っているのだろう。
あの日以来、と言うかそもそも初対面以来、二人きりの時に彼女の笑顔を見ることはほぼ皆無だ。第三者がいる時のあの豊かな表情、満点に近いコミュ力が僕と二人きりの時に表出される事は無い。無表情、無関心。あ、アニメ、漫画を観ているときは別な。
当然、ユートンの口から好意のワードが僕に向けられたことも無い。たまに中国語で何か呟かれるが、其れが僕の知っている中国語の好き、「我愛ニー」でないことは分かっている。
僕と居て顔を赤らめるのは、間違った日本語を僕が茶化す時くらいだ。
試しに、ユートンの横でかなえちゃんとライン電話をした事がある。
『じゃあ、来週。会えるの楽しみにしてるね』
『私もー。』
『早く、来週にならないかな、なんてね』
『秋田くんたら… 嬉しくなっちゃうよ』
『夏休みの夏期講習も、かなえちゃんと一緒だからすごく楽しみなんだ』
『えー、嬉しい! 一緒にがんばろーね。あと、一緒にいっぱいいっぱい勉強しようね』
などと曰うてもー隣のユートンは顔色一つ変えずに漫画に没頭しているんだ。
以上を鑑みて。
ユートンは僕に好意を持っているとは断じ難い。
てか寧ろ、好きか嫌いかでは、半分よりちょこっと嫌われているかも知れない。うん。そう言うことにしておこうー




