第3章 第1話
アイツの声を聞いた気がした。
不意に喉への圧迫が軽くなる、いや無くなった。
涙で歪んだ景色が徐々に鮮明になっていく。
アイツが、僕らを見下ろし仁王立ちしている!
無理だろ、流石に。この何某は背も高いし、ボクシングのジムに通って体を鍛えてるって噂なのだ。僕よりも背の低いアイツが、どうやったって敵う訳がない。例え優秀なスパイだとしても…
「…なので、許してやってください」
ああ、どうやら懇願している様子である。賢いな、其れがこの場の最適解だぞ。
「へーー。何キミ、何人?」
「中国から来ました、李雨桐と申します」
「ふーん、キミ、メッチャ可愛いね。そっかあ、ユートンちゃん?のお願いなら、叶えてあげなきゃだな(笑)」
何某は僕を引き起こし、耳元で
「よし。帰っていいぞ。今日はこの子で勘弁してやるわ。次はもう一人の子、連れて来いよ。わかったな」
喉が痛くて声を出せない僕は首を横に振ろうとする。
「言うこと聞かねえとー分かってんだろ。この子とのハメ撮り動画、世界に撒き散らすぞ。ま、言うこと聞いても動画は撮るけどな。さ、帰った帰った」
恐怖。痛みから来る恐怖と、精神的恐怖。
僕はアイツを連れて逃げられるのだろうか…
(ここは任せろ。先に家に帰れ)
アイツが目で僕を促す。
ダメだ! こんな奴に体を許すな!
(早くしろ、コイツの気が変わらないうちに。)
そんな…
立ち竦む僕を何某が蹴り飛ばす。
「さっさと消えろや。でないと、お前、マジ殺すぞ」
(さあ、逃げて。直ぐに!)
僕は後退りしながらその場から離れる。
「ケーサツに連絡とか、すんなよー」
(公安には通報しないで。早く行って!)
公安って、何だよ? そう思いながら僕は二人に背を向けて、小走りを始める。やがて全力で走り出し、家に着いた頃には呼吸困難な状態になっていたー
鍵を開け家に入る。玄関にパパとママの靴が無いーオイオイ、今週もかよ…
束の間呆れるも、僕は慌てて浴室に向かい背中に付いた砂を洗い流し、序でにシャワーを頭から浴びる。
今頃。アイツは…
何某と何処でナニを…
まさかあの砂浜で…
いやいや。流石にそれは…
不意にラブホでタオルを巻いた姿のアイツが脳裏に浮かぶ。
助けに行かなくちゃ
そう思うも、体が動かない。シャワーの元から体を動かせない。
アイツは僕の代わりに犠牲になった。僕を殺す代わりに何某はアイツの体を貪った。冷たいシャワーを浴び冷静に考える。何某は本気であの場で僕を殺そうとしたのだろうかー
あの高い知性を持つ何某が、そんな無謀な事をして人生を棒にする筈がない。僕如きを殺し残りの人生を放棄するとは、今思うと全く有り得ない。
とすると、僕は勝手に殺されると思い込み、アイツを代わりに差し出し逃げ帰ったのだー
何某に陵辱されているアイツを想像し、心がはち切れそうになる。と同時に下半身の頭が突如頭角を表し、白い炎を放射した。




