第2章 第9話
其れにしても、コイツの演技力は大したモノである。この数日口をきいていなかったのに、かなえちゃんと合流するや否や、
「かなえちゃんはなんとオシャレなんでしょう。ミツル、私もオシャレになりたいですよ」
なんて微笑みかけてくるのだ。
僕もこの産業スパイに見習い、
「お前もママに可愛くしてもらったじゃん。ちょっと今風だぜ、ね、かなえちゃん」
なんて応じることが出来る様に成っている。
僕らの微妙な距離感に全く気付かないかなえちゃんは、其れは其れは楽しそうに過ごしている様子である。そんな姿を眺められる僕も、其れなりに楽しく過ごしている。
ああ、これが二人きりだったなら。何度思った事だろう。いやいや、もし二人きりなら、こんなに冷静でいられる筈がない。手汗に脇汗、全身の汗腺から発汗し、デート中三回は着替えなければならなかったろう。
一通りモールを見て周り、簡単に食事を済ませると
「私、海が見たいです」
とアイツが言い出し、其れなら帰りは海沿いに歩いて帰ろう、という流れになる。
幕張ベイタウンの近代的な街並みを左手に見ながら、右手に広がる東京湾の眺めにアイツは痛く感動している様子である。
「キレイです…海がこんなにキレイなんて…」
上海にも海、あるんだろ? 上の海、って言うくらいなんだし。
「こんなにキレイではありません。こんなに青くありません」
通称、ナンパ橋の上からの景色が大層気に入った様子で、かれこれ二十分は海を眺めている。そんなアイツをかなえちゃんは優しく見守り、
「夏休みは、もっと綺麗な海に行こうよ。三人で」
なんて呟くものだから、僕の夏休みへの期待は飽和して天高く飛んで行きそうである。
「夏休みさ、夏期講習とか行かないの?」
「あ、行くよ。秋田くんは?」
「僕も行くよ。かなえちゃんは何処行くの?」
「海浜ゼミ。秋田くんは?」
「まだ決めてないけど…」
「えー、一緒に行こうよ、それで勉強会とか開いてさ、一緒に勉強しようよ」
あの、ここから海に飛び込んでもいいですか?
其れぐらい僕は喜びで満ち溢れるのだった。
僕は今日という日を神様に感謝し、先週からつけ始めたスマホアプリの日記にこの思いを早く綴りたくてウズウズしていると…
後方から声をかけられるー
「秋田あー。楽しそーじゃん」
振り返ると、ヤツがいたー




