第2章 第7話
「仕方がない。取引をしよう」
暫く黙り込んだ後、彼女が不意に口を開く。
「私のことを内緒にしてくれるならば、お前の言う事を三つ叶えてやろう。どうだ?」
アラジンのランプかよ…思わず吹いてしまう。
「お前、自分の立場わかってんのか? 僕はパパの出世を阻む為に遣わされたお前を許しはしないよ。当然、公にするし」
当然だ。多分先輩か同期で、パパをやっかむ奴に送られたこんなスパイ女をこのまま放置する気は無い。
「仕方ない。それならばお前の『人類補姦計画』とやらをかなえをはじめとするお前の周囲の人間に公表させてもらおう。当然、パパやママにも、だ」
ムリー! それだけは、絶対アカン! それされたら僕は家出して千葉港の岸壁から飛び込むしかなくなるー
「よし。その取引とやらを精査させてもらおう」
彼女は軽く頷く。流石産業スパイだ。実に取引が上手い。
でもこれで、この一週間で僕が感じた彼女の違和感が全て解消された。
女子高生とは思えない、この裏表の激しさ。そして演技力。
堂々と嘘をついても平気でいられる鋼の精神力。
女子高生とは思えない身のこなし、攻撃力。
そして。僕には通じなかったのだが。魔性のオンナ力。
思えば、女子高生にしては有り得ない速さと力で僕を蹴り、殴ってきた。これは中国の中学校の体育で習った少林寺拳法の類かと思っていたのだが、そうではなくスパイとして訓練された所謂格闘術だったのだ。道理で途轍もなく痛かった筈だ。
そして有り得ない色仕掛け。流石にあれだけ堂々とパンツを見せられたり着替えを見せられると僕はドン引いてしまったが、フツーの男、特にオッサン相手ならば絶大且つ絶妙な効果を得られた事だろう。フツー女子の方からラブホ行こうと言われたら男はどうなる? フツーの高校生やおっさんならイチコロだったろう。
其れに。この子は本当に可愛い。そこらの芸能人なんかより、よっぽど可愛い。だが彼女は敢えてその魅力を消そうとしている。其れはこの変な髪型にしてもそうだし、ちょっと、いや相当田舎くさい服装にしてもそうだ。この年頃の女子なのに、一切化粧もしない。敢えて平凡を装っているのだ。
そんな一流の諜報員ならば、僕の過去を洗い出すなんて便所で大の始末をするよりも簡単な事だっただろう。
とんでもない人物が我が家に来たものだ。そして其れに全く気づかない、気付こうともしないパパはやっぱり出世は見込めない残念な人だ。
「三つ、では少な過ぎる。」
僕は敢然と言い放つ。有利なのは僕の方なのだ。
「週に一つ。翌週に持ち越し有り。これで手を打とうか。」
彼女は唖然とした顔となる。
「毎週、ヤりたいのか? この、スケベ野郎が」
ハアー?
「意味不。僕がお前としたい? 有り得ない。お前となんか、したくない。」
場が凍り付く。あれ、僕変なこと言っちゃった?
彼女は未だかつて見たことのない恐ろしい表情となる。
「何だと? 私とセックス、したくない、だと?」
額の汗を隠しながら、僕も頑張る。
「ああ、そうだよ。まんまと僕は騙されていた。お前は処女だと思っていた僕が馬鹿だった。お前みたいなビッチとなんて、誰がするもんか!」
「ビッチ、とは何だ?」
「ああ、誰とでもセックスする、エロ女の事だよ」
鬼も逃げ出す形相を見せる、かと思いきや…
彼女の怒りの表情は変わらないのだが、その眼から大粒の涙が零れ落ちたー
え、うそ。何で?
「わ、私はっ…」
涙の粒がフローリングの床にポタリと落ちる。
「誰とも…」
鼻水は啜られることなく、彼女の上唇を妖しく濡らす。
「したことが、ないっ」
そう言うと彼女は踵を返し、僕の部屋を出て行った。
一日で二人の女子を泣かせてしまった。
ある意味、人生の記念日なのだが、
後味の良い涙と、悪い涙。
どちらも脳裏から容易に拭い去ることが出来ずに、僕はその夜一睡も出来なかった。




