第2章 第6話
やはり知っていたのだ。
「おかしいだろ、お前ここに来て一週間だぜ。何であんな昔の事を知ってんだよ。」
彼女があの過去を知りうるには二つの方法しかない。一つは僕から話を聞き出す。だが僕は彼女にその話をしていない。仮説1は簡単に消去される。
二つ目の仮説。もし、万が一、有り得ない事だが、そして許されまじ事であるが、彼女が僕の『人類補姦計画』の実行企画書を盗み見したのならー
『人類補姦計画』とはかつて僕が考え出した、僕中心の世の中を作り上げる壮大なロマンに満ち溢れた計画の事である。今から四年前。僕が中学一年生の頃。欺瞞と馴れ合いに染まり抜いた現代社会に絶望した僕は、僕を含めたごく少数の人間を残して全人類を殲滅し、地上に新しいユートピアを作り上げることを主旨とした計画の立案に没頭していた。
その過程で、僕の第一夫人となる女性を精査した結果、一年C組の湯沢かなえが候補に上がったのだった。因みに第二夫人は広瀬すず、第三夫人は芦田愛菜という鉄壁のラインナップだった。ママ付きの侍女には三年D組の… おっと話が逸れすぎた。
この計画は件の『イシュー事件』及び僕の心の友のミッチ出現により一時停止した。確か実行企画書の末尾に、計画の一時停止となった経緯を記した記憶がある。
僕は慌てて実行企画書が保管されているベッドの下を確認する。僕のベットはニトリ製のマットレスが持ち上がりベッドの下に物を保管できるタイプの物である。
案の定―
僕の企画書は定められた場所から二ミリほどズレて安置されていたー
「コレ。読んだんだな」
僕は生まれて初めて、彼女より上の立場に立つ。メチャ気持ちが良い。
「自分が何をしたのか、わかっているのか!」
彼女は初めて、怯えたような表情を見せる。
「ホームステイ先の子供の部屋を荒らして」
僕は企画書を丸め、彼女に向ける。
「勝手に書類を盗み見した」
ゆっくりと立ち上がり、彼女に迫る。彼女は唾を呑み込み、若干後ずさる。
「流石にこれは、不味いんじゃないのか。そんな人間をホームステイさせる事は出来ないよな」
切長の目が大きく見開かれ、口をパクパクさせる。
「ママとパパに話すから。この件。」
「ダメ! それはやめてっ」
「案外、パパやママの部屋も色々盗み見してんじゃねーのか。」
ヒッ 小さく悲鳴をあげる彼女。
何なんだこの女。一体何しにこの家に…
あっ 確か、この女が家にホームステイすることになった経緯。会社の上司に頼まれて… って、其れって…
「お前。産業スパイだろ!」
大きく見開かれた目がスーッと細められていく。
其れはさながら、機織り部屋を覗いてしまった与ひょうを見つめる、つうの如しである。




