第2章 第5話
「ちょ、ちょっとミッちゃん… どうしたのそのアザ…」
しまったーーー
すっかり失念していたぞ。何某から受けた打撃痕!
余りに鮮明で美しく清らかな時を過ごした後、駅からの帰り道をスキップして帰って来た僕は、つい数時間前のキツい出来事のことをすっかり忘れていたのだ〜
「また、学校の子にやられたの? そうなの? 誰? またあの子達なの?」
畳みかける様に問いかけてくるママの形相は久しぶりに見る鬼の形相だ。ママは去年、体育館裏での暴行や献金事案が発生した時、生まれてこの方見た事のない形相で学校に怒鳴り込み、その事案に関わった生徒達を漏れなく二週間の停学処分に追い込んだ強者なのだ。
コイツは厄介だ。せっかく僕が生まれてこの方経験した事のない春色の夢心地気分を満喫していると言うのに。それにまたあの何某を刺激すると、更に厄介な事になりそうだし。絶対奴らはかなえちゃん(そう。帰宅途中、あの子をちゃん付けで呼ぶ事が正式に認可された)を嗅ぎつけ、面倒なことを言い出すに決まっている。
ひょっとしたら、コイツのことも割り出すかも知れない。ま、コイツの事は正直どーでもいーんだけど。
突如、彼女はママに縋り付き、
「ママさん。ゴメンなさい。私がやったんです。ミツルさんが私の友達にいやらしい冗談を言ったので、力一杯押したら、ミツルさんがそこの柱に顔をぶつけてしまいました」
僕は全身全霊で驚く。
はあーーーーーーーーーーーーーー?
そしてその刹那、閃く。
因みに刹那とは、1/75秒の長さである。指を一回弾く間に65刹那があるらしい。いずれも仏教の時間の概念であることは言うまでもない事だ。
「そーなんだよ。ほら、中学の時に同級生だったさ、湯沢かなえちゃんとコイツが友達になってさっき家に遊びに来てたんだよ。そん時に、ちょっと、な」
ママはあからさまにホッとした顔になり、ちょっとムッとした顔で、
「そーなの? 全くミッちゃんは馬鹿チンなんだから。久しぶりに会った子に、おっぱい大きくなったねーなんて言ったんでしょ。ユートンちゃん、ゴメンねーこんなアホな息子でー」
余計なお世話である。
「私はおっぱい小さいので、少し頭にきたのでした。ママさん、ゴメンなさい」
おいおい。かなりリアルな嘘だな。しっかしホントこの女。スッゲー嘘つきだわ… ま、今回は少しそれで救われた感は否めないが…
恒例の、夕食後の僕の部屋。音もなくドアを開け閉めし、彼女が
「で。誰にヤラれた。ママの言う通り、学校の奴らか?」
コイツには嘘を突き通す自信がない。
「まあ、そんな感じ。」
彼女はこれまでとは全く違う種類の怒りの表情で、
「誰だ。名前を言え」
「は? 別にカンケーねーだろ」
「いいから。黙って答えろ」
「黙ったら答らんねえ」
「屁理屈で誤魔化す気か。殺すぞ」
また上達しちゃってるよこの子。一体どこまで…
「学校の。同じ学年の。えっと、田沢とか言う奴」
「田沢… 後は?」
「知らねえ。」
「…その顔は、田沢に殴られたのか?」
「そーゆー事。」
ちょっと… 目が殺し屋の目になっちゃってますけど… やめてやめてやめて…
「チゲーんだよ。昨日の事、誰かに見られてて、お前が俺の彼女って事になちゃってて。それでーーー おい? どーした?」
目の前に茹で蛸のような可愛い女子がいる。誰ですかキミ?
「そんで。アイツらがそれを妬んで、やっかんで僕を弄ったって訳。わかった?」
わかってねーわ。全然人の話聞いてねーわ。
「だからっ アイツらのことなんて気にしなきゃいーの。わかった?」
まるで機械人形のようにぎこちない仕草で首を振る。ちょっと可愛い。
「それよりも。お前、どうして俺とかなえちゃんの過去、知ってたんだよ」
途端に無表情の能面となる。




