第2章 第4話
駅までの道半ばまで来た頃。
「ゴメンね、急に遊びに来ちゃって。迷惑だった、よね…」
いや違う。迷惑だったのはキミの方でしょう?
「でも、ユートンちゃんが秋田くんの家でホームステイしてるって聞いて、ホントびっくりしたよ…」
さぞや驚いた事でしょう。事実は小説よりも奇なり。だよねー。
「秋田くん、学校どお? あの、受験の時は、大変だったよね、インフルにかかったり、交通事故に遭ったり…」
「え… 何で知ってるの?」
心の動揺が言葉に出てしまった。え、何で知ってるの?
「それは…」
言いかけて口籠るかなえ。その横顔は中学生の時から何ら変わらない美しさだ。
真っ黒な長い黒髪。利発そうな額。白く小さな顔。二重のビックリする程大きな瞳。流行りの肉厚な唇。どれも僕の初恋の姿そのものである。何なら僕の理想の女性の姿そのものなのである。因みに今は亡きミッチの(容姿の)モデルはこのかなえである事は内緒である。
「ずっと…」
心拍数が急激に上がる。え、何?
「気にしてた、から…」
体温が急上昇する。え、何を?
「あの時の、こと…」
頭が白くなっていく。思考が停止状態となる。
「あの時… 守ってくれたんだよね、私の事…」
初夏の夕暮れが街を、そして僕たちを抱擁する。ああ、世界ってこんなに綺麗だったんだ。
「それなのに私、秋田くんに謝れなくて…」
うっすらと涙ぐむキミの美しさを表現する能力は、僕には無い。
「話しかけるのが怖くて… ずっと謝りたかったのに。それに、ありがとうって言いたかったのに…」
海陸風の名残りの潮風が僕の肺を満たす。今まで感じたことのなかった空気の匂い。この街の匂い。
「許して…くれないよね…私のこと…」
言葉が出てこない。下手な言葉を出したくない。僕は満面の笑みでかなえを見詰める。そしてゆっくり首を振る。
「そんな…だって私のせいで、あの後あんな事に…」
ゆっくりと首を振る。そして心に浮かんだ言葉を一つ一つ吟味しながら、口を開く。
「僕が、そうしたかったから。だからキミはもう気にしないで。」
かなえは立ち止まり、僕を凝視する。美しい初恋の相手が真っ直ぐに僕を見つめる。僕は目を逸らさず、しっかりと見つめ返す。鼓動が周りに響き渡る程高まっている。
「日曜日。買い物。迷惑じゃない?」
かなえは一筋の涙を頬に流し、
「全然。楽しみにしているね」
夢の中の笑顔が今僕の目の前で開花する。