第2章 第1話
「臭い」
一番安い部屋に入った僕ら。其れでも最新式の機器が揃っていると言う触れ込みだった。
「臭い。何の匂いだ?」
彼女は顔を顰め何となく僕を非難する。やめてくれ、僕に難癖をつけるのは。
「日本人はこんなところでセックスするのか?」
呆れ顔で彼女は部屋の捜索を開始する。僕は26%程ドキドキしながらも、捜索に加わる。
「僕も初めて来たんだ。」
「ほう。じゃあ今までどこでセックスしてたんだ?」
「それは…」
男の見栄発動だ。童貞のくせにそうで無いフリ。青春あるある、だよね?
「お前にいう訳ねーだろ、バーカ」
有り得ない角度から彼女のハイキックが僕の後頭部を捉え、僕は軽く失神する。
意識が戻ると、彼女は一人風呂場で遊んでいるらしい。ゴクリと唾を飲み込む。覗く、のか?いや、風呂場で失神すると倒れた時に大怪我をしそうなのでやめておこう。
ふと、ベッドの上を眺めると… 所謂大人のおもちゃが錯乱していた。何してたんだアイツ、まさかこれで…
僕はその一つを手に取り、そっと鼻に近付ける。あの時の匂いが…しない。半分ホッとし、半分無念の感を抱く。
そのスイッチを入れてみる。エロ動画と同じ音と動きだ。慌ててスイッチを切り、序でに僕の下半身のスイッチもオフにする。
アホくさ。僕はここで何をしているのだろう。
自虐僕は容赦無く僕を叱咤する。
親から折角巻き上げた金をこんな所に使うとは。まさに無駄金だな。意味が無い。意義も無い。あるのはあの馬鹿女の好奇心だけ。なんでお前はこんな馬鹿な事に付き合っているのだ。そうだ、今から一人で部屋を出てしまえ。家に帰ってしまえ。あんなクソ女置いて帰ってしまうんだ…
半分腰を上げた時、彼女が風呂場からタオル姿で戻ってくる。
何この女、ひょっとして…まさか…僕と…
「はーー、良い湯だった。さ、帰るかミツル」
一瞬、ほんの一瞬でも期待した僕は僕をマンぶりで殴り付け、極めて冷静に
「とっとと着替えろよ。置いてくぞ」
中国語で何か吠えているのを無視し、僕は彼女に背を向けて着替えを待つのだった。
家に着くと六時過ぎだったのだが、両親はまだ帰っていなかった。
七時過ぎに両親が帰宅する。宣言通り、デパ地下かなんかの惣菜とご飯を食卓に並べ、其れらをつつきながら、
「で? 二人は何していたの? あのカフェどうだった? タピオカミルクティー美味しかったでしょう?」
彼女は満面の笑顔で、
「はい、とても美味しかったですよ。やはり日本はいい所ですね」
脇汗がスーッと流れる。良し。其れぐらいにしておけよ。
「その後、ミツルさんとー」
僕は食卓の下で彼女の足を蹴る。
「歩いて帰りました。とても楽しかったです」
大きな溜息が出る。パパとママはフツーに信じた様子だ。コイツ、嘘つくの上手いな。今更ながらちょっとビックリだ。
「へー、二人はラブ…」
僕は箸を落っことしてしまう。
「ラブじゃないか!はっはっは」
ビックリした…
「パパとママはどこにデートしたのですか」
二人の顔が赤らむ…って、おい、まさか、アンタら…
「ラブー」
再度、彼女の足を蹴りつける。
「ラブですね、お二人は」
パパの額の汗を僕は忘れない。ママは冷蔵庫からお漬物取ってこなきゃと急に席を立つ。やめてくれよ、年頃の息子の前で、そんな夫婦のリアルを見せつけるの…まあ留学生の女子を迎え、家で困難な『家事』を外で、ってのはよく分かるんだが…
横目で彼女を見ると、口の端で笑っていやがる。そう、彼女も確信しているみたいだ。恐ろしいオンナである。こんな女を嫁にしたら、浮気したら即バレ、即死刑だろう。剣呑剣呑…
部屋に戻り、初めてのラブホテルの情景をレビューしていると、音も無く部屋のドアが開く。
「おい、よくも足を二回も蹴ってくれたな。殺すぞ」
日本のアニメ、漫画。もう少し倫理的監査を強化すべきだと思う今日この頃である。
「お前、パパとママ、どこ行ったと思ってんの?」
「ラブホテルだろ。セックスしていたに違いない。」
「…マジか…その根拠は?」
「こんきょ…?」
「理由。」
「ああ。二人からラブホテルのボディーソープの匂いがした」
やはり。コイツ相手に浮気は不可能であろう。未来の夫に深く同情する。
「それと。いつもよりママがウキウキしていた。」
「へ? そうか?」
「間違いない。さっきのママはメスの顔をしている」
ゴクリ。そ、そーなん…
「パパは相当疲れているようだ。馬鹿正直に精を使ったのだろう。あのオモチャを使えばよかったのに」
一瞬、パパが電マをママに使う光景を想像し、吐き気と興奮が同時に湧き上がる。
「まあ、童貞のオマエにはわからない事だろうがな」
この一週間で初めて心から彼女の意見に同意する。
「じゃあよ、お前は知ってんのかよ。あのオモチャの使い心地」
おっと。完璧なセクハラ発言。ま、コイツ相手ならいっk…
光淫矢の如く、彼女が僕に跨り喉に手を掛ける。のだがー
あれ? 彼女、顔赤くね? 何なら目にうっすら涙が…
「殺されたいのか貴様。誰にモノ言ってんだコラ!」
徐々に薄れゆく意識の中で。僕は確信する。
ああ、コイツも処女なんだと…
あの堂々としたラブホでの立ち振る舞いも、いつもの彼女の演技だったんだと…
意識から戻ると、窓の外が明るかった。