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Honey Trap  作者: 悠鬼由宇
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第1章 第14話

 そう云えば僕は彼女の事を何も知らない。

 あと二年も同居するのだからもっと彼女の事を知らねばならない。ところが「人の匂い」を肺胞に導いて以来、僕は彼女と目を合わせて真面に会話することが困難になってしまった。


 よって、この数日は彼女が一方的に話し僕は曖昧に其れに答える、といった風で実はその内容も上の空だったりして。


 家族で飲茶に行く前日の土曜日。彼女が出来立ての友人の家に遊びに行き、パパとママは買い物に出かけ、久しぶりにお一人となった。


 彼女の部屋。元はパパの書斎?の様な感じの部屋だったのを少し整理をし布団を入れて、彼女が使っている。そしていつも施錠されている。


 数年前から僕はパパの秘蔵のエロ本を嗜むために、パパの部屋のアンロックの術を身につけていた。久しぶりにその術を使い、初めて彼女の部屋を訪れた。


 … ノーパソが二台。教科書、参考書類。辞典類。あと中国語の書類多数。成る程。僕は振り返り、クローゼットを開く。サムソナイトの大と中。勿論施錠されており中は確認出来ず、ただ重たい、何か入っている様だ。

 衣服類。いつも着ている感じのものばかり。


 成る程。


 これではちっとも彼女の事がわからない。

 僕は首を振りながら部屋を出て施錠し、自室に戻る。そしてベッドに寝転び読みかけの漫画を開く。その内睡魔に包み込まれ…


 バタン、と部屋のドアが開かれる。瞬間、僕は飛び起きる。ああ、ビックリした…


 彼女はドアを後手に閉め、嘗てない恐ろしげな表情で僕に近寄り、


「見たなあ」


 今こうして表現すると、吹いてしまう状況だろ?

 でも当事者の僕は、氷の棒を喉から突っ込まれたくらいにビックリし、恐れ慄いてしまう。


「え? は? 何のこと?」

「私の部屋に、入ったな。このクソ野郎」


 アニメ仕込みの台詞のなんて上手なこと。


 彼女はまるで野獣のように一瞬で僕に近寄り、一瞬で僕に跨り、両手で僕の喉笛を締め、


「何を見た? 言え」


 首を絞められながら発声する事が出来ないのは、去年体育館裏で田沢何某から教わったので無理に話すのは遠慮する。


「何見た? 言え!」


 スッと意識が遠のいていく。ああ、これも去年経験したから、大丈夫。但し意識が戻った時に顔に小便がかかっていたのは心外だったなあ。


 意識が完全に飛ぶ寸前で彼女は力を緩め、


「言え。何見た?」

「な、何も見てない」

「書類、見たな?」

「だって、僕中国語、読めないし」


 彼女は漸く僕の首から両手を離し、中国語で独り言を吐いたあと、


「次やったら、殺す。いいな?」


 これがまた本物の殺し屋みたいで、勿論本物を見たことはないのだが、ドラマや映画の殺し屋よりも100倍恐ろしい感じで、僕は生まれて初めて「失禁」してしまった。


 その「失禁」先に彼女がまたがっていた訳で… 彼女は中国語で大声を出し、恐らく「ふざけんなテメー、何してくれてんだコラ!」的な言葉を発していたに違いなく。


 もし第三者がこの場に居たら、絶対抱腹絶倒間違い無し、と思われるも、当の本人達はどうして良いかわからず、お互い濡れた股間に舌打ちし、彼女は下手に僕を脅すとどうなるかを股間で学び、僕は二度と彼女の施錠を破るまいと心から誓った訳で…


 濡れたシーツとズボンと下着を洗濯機に放り込み、先に彼女にシャワーを浴びさせ、後から僕は湯に浸かりながら考える。

 普通、ホームステイで来た女子と放尿プレイって、よくある事なのだろうか、と。


 いやいやいや、そんな事じゃなくて。


 僕は彼女をどう思っているのだろうか、と。


 シチュエーションとしてはラノベに良くあるパターン、あるきっかけで同居することとなった美少女との甘く淡いやりとり…そして互いに意識し遂には結ばれ…


 ないないない。

 まず甘くないし。怖いし。淡くないし。濃いし。互いに意識してないし。むしろ敵視しているし。


 彼女が我が家に来てから一週間。一度たりとも胸キュンしないし。ドキっとはしたけど。其れより寧ろ、ドクンドクン、ゼエゼエハアハア、た、助けて、殺さないで、ばかりである。


 パパやママの家族と居る時は笑顔を絶やさないくせに、僕と二人きりだと冷酷無表情。確実に言えることは、彼女は僕を敵乃至は手下認定しているという事だ。

 自分の語学上達の為だけの使い捨て野郎、とでも言えようか。


 其れは仕方ない。僕は彼女の青春の一ページを彩る男子、ではない事は明白だ。


 僕は己を知っている。Fラン高からFラン大学へ進むしかないモチベーションの低さ。ついでに背の低さ。顔は小さい頃はママ似で可愛いとされていたが、歳とともにパパ化していき今は凡庸な顔立ち。


 小学生以来、女子からモテた試しはない。よく居る、いや俺は実は本気を出せばモテるのだが面倒臭いから本気出していない、といった類ではない。本気でフツー以下なのである。


 故に彼女が僕に好意を持つことは有り得ない。どれくらい有り得ないかと言えば、来年のオリンピックが戦争かなんかで中止となる確率よりも遥かに低い。もっと言えば、世界が原因不明の伝染病によって何十万、何百万の人々が亡くなる確率よりも殊更低い。


 だとすると。これからの二年間の僕の立ち位置は?


 無駄に彼女に好意を持たない。これに尽きるであろう。


 こう見えて僕は負けず嫌いである。勝てない戦はしたくない。なので、成就不可能な恋に身を焦すような無駄な事は絶対に避けよう。


 そうする事により、彼女は日本語が上達し、無事総武台高校を卒業出来るだろう。そして上海に帰り、Aラン大学に進学出来るだろう。


 そして僕は無駄且つ無意味な恋愛に時間と労力を使う事なく、せめてDラン大学に進学したい。いや、する。


 両手で風呂の湯を掬い顔を洗う。うん、其れで行こう。いや、其れしかあるまい。ミッチ無しで物事に結論を出すのは何年振りだろう。清々しい気持ちで浴室を出て脱衣所で体をバスタオルで拭く。洗濯カゴに彼女が脱いだ下着が目に入る。僕は冷めた気持ちで其れを眺め、腰にタオルを巻き自室に上がって行った。


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